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2019年10月15日
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【バレンタイン レミットの場合】

2010年04月16日
 バレンタインまであと数日と迫ったある日、俺はレミットの席の前に立っていた。
「レミット。この国には、親しい男にチョコレートをあげないといけない日があってな、それが数日後に迫ってるわけなのだが」
「あー知ってる。Saint Valentine's Dayでしょ?」
「おおっ、話が早くて助かる。そこで! この俺にチョ」
「私はそういうの、やんないけどね。めんどいし」
 驚愕の言葉がレミットの口から零れる。
「な、なに泣いてるのよ!」
「うぐっ……せ、せめて義理でもいいから欲しかったのに、それすらも手に入らないというのか!」
「お、怒られても……だいたい、作ったとしてもアンタなんかには義理もあげないんから、別にいいじゃない」
「その場合、レミットが他の奴にくばったチョコを奪取する」
「すんなッ! だいたい、私は誰にもあげるつもりないわよ」
「……仕方ない。レミットからチョコが貰えないなら、誰彼構わずチョコを奪い自尊心を保つしかないか……」
「無茶苦茶言ってること、分かってる!?」
 レミットが何か言ってるが、それどころではない。俺はバレンタイン当日に向け、どうすれば効率的に奪えるか作戦を練ることにした。
「……はぁ」
 小さなため息が聞こえた。

「あの馬鹿、放っておいたら本気でやりそうだしなぁ……」
 レミット宅にて、彼女はぶつくさ言いながら買い物袋から色々な食材を取り出した。市販のチョコ、アーモンド、ナッツ、クルミ、等々。
「……ええと、どうやるんだろ」
 一緒に買った初心者用手作りチョコの本を開き、熱心に眺める。
「……よく分かんない。全部鍋に入れちゃえ」
「あらあらレミットちゃん、チョコレート作ってるの?」
 鍋に買ってきた食材を全部入れ火にかけていると、側にいるだけで和んでしまうような雰囲気を纏わせた女性がレミットの元へ歩み寄った。
「まっ、ママ! な、なんでいるの!? お仕事は?」
「急にお休みになっちゃって、さっき帰ってきたの。それ、バレンタイン用のチョコね。もう好きな子ができたの? ママ、なんだか寂しい……」
「ちっ、違うわよ! 誰があんな奴を好きになるってのよ! ええと……義理以下の義理、超義理よ!」
 レミットは顔を真っ赤にして必死に否定した。
「……でも、手作りよね?」
「ぐっ……あ、あんな奴に市販のチョコやるなんて、お金もったいないからね! そ、それだけ!」
「……でも、市販のチョコ溶かしてるのよね?」
「うぐっ……も、もう! ママは出てって!」
「うふふっ、頑張ってね……ってレミットちゃん、鍋なべ!」
「鍋? 鍋がどうした……きゃああああ!」
 鍋から黒い煙がもくもくと立ち昇っていた。二人して慌てて火を止め、恐る恐る中を見る。
「……うう、コゲてる」
「ふ、ファイトよレミットちゃん! ママも手伝うから頑張ろ!」
「ううっ……ごめんね、ママ。……お願いする」
 簡単と思われたチョコ作りは、予想外に難航した。
「それじゃレミットちゃん、チョコを細かく刻んで。包丁使い慣れてないだろうし、気をつけてね」
「大丈夫だって、ママ。……えいっ!」
 包丁を両手で持ち、レミットは勢いよく振り下ろした。チョコを真っ二つにし、さらにまな板に深い傷を刻む。
「あははっ、思ったより簡単ね♪ えいっ、えいっ、えいっ」
 レミットは笑顔を浮かべたまま何度も何度も包丁を振り下ろした。隣で顔を青ざめている母親に気づかないまま。
「……ふぅっ、できた! それでママ、次は?」
「え、ええとね、次は湯せんね。チョコをボウルの中に入れて、湯せんするの」
「分かった!」
 レミットはボウルの中に粉々になったチョコを入れた。次に鍋に湯を入れ火にかけ、その上にボウルを浮かべた。
「温度は50度以上にならないよう注意してね。そうしないと……」
「えー、温度高い方が早く溶けるからいいよー。えいっ、強火」
 火の勢いが増すと同時に、ボウルの中のチョコがみるみる溶け出す。
「あははっ、すごいすごい。早く溶けろー、えいえいっ」
 さらに、レミットはチョコをかき混ぜ始めた。乱暴にかき混ぜ、ボウルの中にお湯が入る。
「あちゃ、ちょっとお湯入っちゃった。まいっか」
「ああ、あああ……」
 お湯が入ると酷い味になると知っている母親は、娘に言うこともできず隣で青ざめていた。
「……ん、どろどろになったわね。ママ、次は?」
「そ、そうね。ええと、ボウルを取り出して、氷水にあてて」
「ん、分かった」
 ボウルを取り出し、氷水を入れた鍋の中に浮かべる。
「ここにも氷入れたほうが早いよね♪」
 さらに、チョコの中にも氷を入れる。
「…………」
 母親は諦めたような顔で娘を優しく見ていた。
「……ん、もういいかな。それでママ、次は?」
「……そうね、次は……」
 次々と舞い起こる失敗に、母親は受け取るであろう少年に同情を禁じ得なかった。

 バレンタイン当日。あらゆる手段を用いチョコを奪いまくったのはいいが、とても空しいので全員に返した。すごい怒られた。
 放課後、チョコ狩りの件で教師に職員室で説教を喰らい、教室に戻る。当然のように誰もいない。静かにため息をつく。
「……ま、そりゃそうか」
 鞄がないところを見るに、レミットはもう帰ってしまったのだろう。……俺も帰ろう。
 鞄を持って教室を出、下駄箱を通り校庭に出る。外はもう夕焼けに包まれていた。ずいぶんと長い間説教を喰らっていたようだ。
「遅いッ!」
 俯き加減に校門を潜っていると、罵声に迎えられた。顔を上げる。そこに、仁王立ちしているレミットの姿があった。
「おまえ、もう帰ったんじゃ……?」
「わ、私のことはどうでもいいでしょ! なんでこんな遅いのよ!」
「いや、ちっと教師に呼ばれて職員室に……」
「なんで今日に限ってそんなとこ呼ばれるのよ! ばっかじゃないの?」
「別に今日に限った話でもないんだけど……なんか用か?」
 そう言った途端、レミットは落ち着きなさそうに視線をさ迷わせ、体を小さく揺すった。
「べ……別に用ってわけじゃないけど、その……勘違いしないでよね?」
「はぁ」
 いまいち要領を得ない。あれほどくれないと言っていたのだ、チョコって訳でもあるまい。一体なんだろう。
「……これ」
 ぶっきらぼうに差し出されたそれは、赤い包装につつまれていた。
「……ええと、違ったらゴメンだけど、ひょっとして」
「だっ、だから勘違いしないでって言ったでしょ! あんまりにも必死にチョコ奪ってるアンタ見て、ちょっと、ちょっっっっとだけ哀れになっただけなんだから!」
 包装を慎重に破り、箱を開ける。果たして、そこに歪な形のチョコがあった。
「……チョコだ」
「……ふ、ふん。ホントはもっと上手に作れるんだけど、アンタみたいなの相手じゃ本気にもなれないからね。アンタぴったりの、へなちょこチョコよ」
 ゆっくりと、実感が湧いてくる。……レミットから、惚れてる相手からチョコを貰えた。
「……ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!」
 天まで届け、とばかりに雄叫びを上げる。
「ありがとな、ありがとな、レミット! 俺、すっげー嬉しい!」
「う……そ、そんな喜ぶことじゃないわよ。き、昨日お菓子作った時にあまったの持ってきただけだもん。……ほっ、ホントよ!?」
「はぐはぐむぐむぐ」
「ちょ、そんな一気に食べることないでしょ! ……そ、それで、味、どう?」
 レミットの作ったチョコは、その、なんというか、……愛の力を持ってしても、ボンドみたいな味がする。
「ま……ま、ま、ま、……まぁまぁ、カナ?」
 それが精一杯の賞賛の言葉だった。
「……なによそれ。一所懸命作ったんだから、おいしいに決まってるでしょ! まぁまぁな訳ないじゃない!」
 レミットが俺のチョコを奪いにかかった。取られては味を知られてしまうので、必死に抵抗する。
「こら取るな、全部俺のチョコだ!」
「ちょっと位いいでしょ、私が作ったんだから!」
「いやだっ! むしゃむしゃむしゃ!」
「こら、食べるな! もぐもぐもぐ!」
 右端から食べてると、レミットは反対側から食べだした。そして、
「……もぐもぐ、もぐ。……うあ、なにコレ!」
 口の中に入れたチョコを、地面に吐き出してしまった。
「ああ、もったいない」
「ぺっぺ! ちょっとちょっとちょっと! 何よ、すっごいまずいじゃないの!」
「そ、そうか? 俺は悪くないかと……」
「嘘つけっ! こんなの、誰が食べてもまずいに決まってるでしょ! 貸して、捨ててくるっ!」
「嫌だ、ぜってー嫌! この俺様が一度もらったものを返すとでも思ったか!」
 チョコの入った箱を抱え、俺は一目散に駆け出した。
「こらっ、返せーッ!」
 後ろの方から何か怒ったような声が聞こえてきた気がしたけど、気のせい!
 その後、ちゃんと自分の部屋で全部平らげました。今ならボンドでも食える気がします。
 味はともかく、嬉しかったのは確かなのでホワイトデーを楽しみにしておくだな、レミット!
「ふ、ふははははは! ふひゃーっはっはっはっは!」
「タカシー、ご飯……また壊れてる」
 部屋にやってきた母さんが、ドアを静かに閉めて出て行った。少し悲しい。

「……ただいま」
 意気消沈して帰ってきたレミットを、母親は笑顔で迎えた。
「あら、おかえりレミットちゃん。どうだった? 渡せた?」
「渡せた……けど、ママ! あれ、すっごい不味かったよ!」
「え、そ、そう? おっかしいわね~」
「あんなまずいのに、あいつってば悪くないとか言うんだよ!? おかしいよ、あの馬鹿!」
「まぁ、まぁ……そうなの。よかったね、レミットちゃん」
「何がいいのよ! あの馬鹿、あんなまずいの食べてすっごい嬉しそうな顔して……ホント頭おかしいんじゃないの!?」
 顔を赤くして当り散らすレミットを、母親は優しく見守っていた。
「……ママッ! このままじゃ私の気がすまないわ。特訓して!」
「そうね。美味しいチョコ、食べさせてあげたいものね」
「べっ、別にそういうわけじゃなくて……その、私があの程度のレベルだと思われるのもシャクだしね!」
 顔を赤くしてエプロンをつける娘を、母親はとても楽しげに見ていた。

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