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2025年04月19日
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【ツンデレ手編みのマフラー】

2010年05月05日
「ふぇっくしょいっ!」
 下校中、私の隣でタカシが大きくくしゃみをした。
「風邪か? 不摂生をしているからだ、愚か者め」
「ずず……いや、違う違う。ちょっと寒くてな。あと、愚か者とか言うない」
 鼻をすすり、タカシは軽く体を震わせた。
「……まあ、馬鹿は風邪を引かんと言うから大丈夫とは思うが、一応家に帰ったならうがいを忘れんようにな」
「お、心配してくれんのか? サンキュ、みこと」
 タカシはにっこり笑って私の頭をなでてくれた。恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じる。
「だっ、誰が貴様なんかの心配をするというのだ! 頭をなでるな、たわけ!」
「痛い痛い痛い! 殴るな蹴るな、傘で刺すなッ!」
 タカシと別れ、私は家に帰った。そして部屋に入り、布団の上に置かれたものに視線を向ける。
「タカシの誕生日まであと数日。……間に合うだろうか」
 布団の上に、編みかけのマフラーがあった。ひいき目に見ても上手と言えはしないが、不器用な私にしては頑張ったほうだろう、うん。
 制服を着替える暇ももどかしく、私は編みかけのマフラーに棒針を通した。
 それから数日後、タカシの誕生日の朝。私はいつものタカシとの待ち合わせ場所で、いつもより早く彼を待っていた。
 鞄と一緒に持ってる紙袋の中には、昨晩なんとか仕上げたマフラーが入っている。
 編み目はぐちゃぐちゃだし、目が大きすぎて風が通ってしまうが、それでも精一杯心を込めて編んだつもりだ。
 タカシはなんと言ってくれるだろう。呆れるだろうか。馬鹿にするだろうか。……いや、奴のことだ、馬鹿みたいに喜んでつけるに違いない。
 その様子を想像し小さく笑っていると、道の向こうから人影が見えた。タカシだ。……ただ、少しいつもと服装が違っていた。
 彼の首元に、鮮やかな色彩のマフラーがあった。私は思わず物陰に隠れ、紙袋を覗き込んだ。その中には、くすんだ赤いぼろぼろのマフラーが入っている。
 どう比べても、タカシのマフラーに勝てる自信がなかった。
「おはよーさん、みこと。んなとこで何やってんだ?」
「うひゃっ!?」
 突然声をかけられ、変な声が出た。振り返ると、不思議そうな顔をしたタカシがいた。……無論、首には色鮮やかなマフラーが。
「い、いきなり声をかけるな! 心臓が止まるかと思ったぞ!」
「いや、ただの挨拶だし。……ところでその紙袋、なに?」
「こっ、これはなんでもない! 気にするな!」
「うん……? あ、ところでこのマフラーどうだ? 結構いいだろ?」
「あ、ああ……そうだな」
 私の気も知らず、タカシは嬉しそうにマフラーを指で摘まんだ。
「近所の古着屋に激安で売っててな。中古の割には綺麗だし、デザインも悪くないだろ?」
「そ、そうだな。……悪くないどころか、かなりの品だ」
「お、分かる? へへっ、嬉しいな」
 私は、なんだか凄く惨めな気分になってしまった。分かってる、タカシが悪いんじゃない。
 でも、タカシの笑顔を見る度、私の編んだマフラーが貶されているような気がして。タカシを想う気持ちまで貶されているような気がして。
「……みこと?」
 気がつくと、私は泣いていた。
「なっ、なんでもない」
「なんでもないわけないだろっ! 何か俺、みことを傷つけること言っちゃったのか? 頼む、言ってくれ」
「なんでもないと、言っている!」
 思わず持っていた物をタカシに投げつけ、私は学校へ逃げた。
 最悪だ。何を逃げてるんだ私は。しかも、何も悪くないタカシに怒ったりなんかして。
 最悪だ。最低だ。もう嫌だ。
 私は教室に着くと、顔を机に伏せた。
 友達が私の様子に何事か問いかけてきたが、返事がないと知ると離れて行った。
「みこと」
 それからしばらくして、一番聞きたくない人の声が聞こえた。
「いきなり走って行っちゃうからびっくりしたぞ」
「……うるさい、話しかけるな」
 私は顔を伏せたままタカシに告げた。
「……実はさ、ここに来る途中にマフラーを木に引っ掛けちゃって千切れちゃったんだ」
「……え」
 思わず顔を上げる。そこにタカシが、そしてその首に、見慣れた……くすんだ、赤いマフラーが。
「てなわけで、代わりに落ちてたマフラー使ったんだけど、いいよな?」
 そう言って笑いかけるタカシの手に、私の鞄と、空になった紙袋があった。そういえば、あの時投げてそのままだった。
「な、なぜ私に聞く。私は知らん!」
「そか。じゃ、もらっちゃお」
「……だ、誰のものとも知れん落ちてたマフラーをするとはな。相変わらずタカシは馬鹿だな」
「へへっ、でもな、このマフラー暖かいぞ。誰が作ったか知らないけど、感謝しないとな」
「……ふ、ふん。そんな粗末なものに感謝なぞする必要もあるまい。編み目はぐちゃぐちゃだし、目が大きすぎて風が入ってくるだろうに」
「んー……でもな、心を込めて編んだのが伝わってくるから、思った以上に暖かいんだな、これが」
「……ふ、ふん! 物好きな奴め」
 笑いかけるタカシの姿が、ゆっくりとにじんでいく。
「……プレゼントありがとな、みこと」
 優しく頭がなでられる。もう、ダメだった。
 私は、タカシにしがみついて子供みたいにわんわん泣いた。

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【全員に焼肉おごるツンデレ】

2010年05月02日
 みことが宝くじを当て、友達に焼肉を振舞ってくれるらしい。
 執拗にアピールした結果、俺も連れて行ってくれることになった。皆と共に焼肉屋へ向かう。
「おおおおおっ! 久しぶりの動物性タンパク質、ここで摂取せずにいつ摂取するか!」
 涎を垂らしつつ鉄板に突進する俺を、みことが押し留めた。
「ああ待て待て。貴様はそっちのテーブルだ」
 指されたテーブルには、不思議なことに野菜しかなかった。
「……え? あれ? 俺、焼肉食いに……」
「なんだ、野菜は嫌いか?」
「いや、嫌いじゃないけど、俺、焼肉……」
「そうか、それはよかった」
 なんて晴れやかな笑顔で言って、みことはみんながいるテーブルへ行ってしまった。
「…………」
 俺は静かに指されたテーブルに着き、一人野菜を焼いた。
「誘ってくれてありがとね、みこと! いやーやっぱ肉はいいわね!」
「気にすることはない。泡銭だ、こうやって皆で使ったほうがいい」
「……おいしい。むぐむぐ」
「あっあっ、ちなみさん、タレがこぼれてますわよ。このハンカチをお使いなさい」
「あっ、これボクの肉だよ! 取らないでよ、いずみちゃん!」
「なに言うてんねん、早いもん勝ちに決まってるやないか!」
「あさましいのぅ。……こっ、こら、儂の肉を取るでない、いずみ!」
 ……玉ねぎ美味しいなぁ。
 俺が一人で野菜をもそもそ食ってる間に、もう一つのテーブルは食事を終えたようだ。
「あーお腹いっぱい! ねーみこと、デザート頼んでいい?」
「ああ、構わないぞ」
「…………」
 おかしいなぁ。おごってもらってるのに、なんか涙出てきた。
 ごしごし目をこすってると、誰かに肩を叩かれた。振り向くと、そこにみことがいた。
「野菜は美味いか?」
「……こんないじめ思いつくって、みことは凄いな」
「いじめとは心外だな」
「それ以外の何なんだよ! 焼肉屋で野菜だけ食うって、菜食主義者でもなかなかの試練だぞ!」
 俺とみことがやいやい言ってるうちに、友人らはデザートを食い終えたようだ。
「ごちそーさま、みこと。今日はありがとね~。野菜おいしい? タカシ」
「ドやかましいッ!」
 笑い声を残し、みんな出て行った。
「くっ……もう俺も帰る! 野菜美味かったよ、ごちそうさま!」
「そうか、腹は膨れたか?」
「全然まったくちっとも!」
「そうか、それは何よりだ。……その、だな。実は、ここの店主が上等な肉を仕入れたと聞いてな」
「そうか、それはよかったな!」
「その肉は大層美味いらしいが、生憎一人前しか仕入れられなかったそうだ」
「……つまり、それをお前が食うんだな? ……ま、まさか俺に見せびらかすつもりか畜生!」
「……やはり馬鹿だな、別府は。普段ろくなものを食ってない貴様に食わせてやろうと思っているのだが」
「なんと! その言葉に嘘偽りはないな、みこと!」
「な、ない」
 俺の勢いにやや引きながらも、みことははっきり答えた。
「そっか……いや、屈辱の余り店に火をつけなくてよかった。……ところで、なんで野菜ばっか食わせたんだ?」
「こんな機会でもなければ、貴様は野菜を食わんだろう?」
 そう言ってみことはにっこり笑った。
「まったく、本気で嫌われたかと焦ったぜ。罰だ、俺と一緒に食え」
「む……いや、しかし」
「いーから食え。一人で食うのはなんか寂しいんだよ」
「し、仕方ないな。寂しがり屋の別府のためだ、一緒に食ってやろう」
「……もひとつ罰。あーん、ってやってくれ」
「ふっ、ふざけるな! そんなことできるか!」
「ああ、みことに深く傷つけられたこの心が癒える時が来るのだろうか?」
「……くっ、き、貴様……わ、わかった」
 俺はみこととイチャイチャしながら食事を終えた。
 ただ、途中調子に乗りすぎ、顔を焼けた鉄板に押し付けられた。三回。

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【机投げるツンデレ】

2010年04月18日
 昼休み、眠いので寝てたら叩き起こされた。
「うーん……何すんだよ」
 まぶたを開くと、目を吊り上げたみことがいた。
「貴様、どこで寝ている!」
「どこって……教室じゃん。寝惚けんなよ」
「寝惚けているのは貴様の方だ! そうではなくて、どうして私の机の上で寝ているのかと聞いている!」
 みことの言葉に、自分がいる場所を再確認する。なるほど、確かにみことと他数人分の机の上に乗っているな。
「俺の近くに机があったからじゃないか? ただ、寝るには硬すぎる。もっと机は柔らかくすべきと教育委員会に訴えようではないか」
 殴られた。なんでだ。
「人の机の上で寝るな!」
「そうは言っても、自分の机の上だけで寝れるほど俺はコンパクトにできてないんだ。みことと違ってな」
 ぷちんって聞こえた。
「……ふ、ふふ、私がコンパクト、だと?」
「あ、いや、誤解しないでくれ。確かにコンパクトと言ったが、さすがに一人分の机で事足りるほど小さいとは思ってない。小学生程度の身長だから……二、三人分か?」
 みことはにっこり笑った。それはもう、晴れ晴れとした笑顔で。
「……厄介な奴と思ってはいたが、いなくなると寂しくなるな」
「ははっ、何言ってんだよ。まるで俺がいなくなるみたいじゃないか」
「ふふっ、その通りだ」
 みことの目が怪しくきらめく。これは……殺気?
「私のどこが小さいと言うのだーーーーーーッ!!!!!」
 みことは机を持ち上げ、俺目掛け投げつけた。当たると痛い(予想)ので、慌ててよける。机は派手な音を立てて壁にぶつかった。
「うわっ! ま、待てッ! みことが小さいと感じたのは、あくまで俺の主観的なものであって、客観的に見ると……ごめん、小さいうひゃっ!」
 俺のすぐ脇を、結構な速度で机が通り過ぎる。
「小さい小さい言うなッ!」
「ごごごめんなさい! で、でも、身長も胸も小さい方が可愛いと思います! その点、みことは両方に当てはまってて高得点ですよ?」
 褒めたつもりなのだが、また逆鱗に触れたようだ。みことの顔が怒りでさらに赤く染まる。
「うるさいっ、馬鹿! これから成長するッ!」
「いやぁ、無理だろ。ま、特殊な性癖な奴には大人気だから大丈夫大丈夫♪ 俺とか!」
「何が大丈夫かーーーーッ!!!」
 慰めたつもりが逆効果。このままでは教室中の机がみことによって破壊されてしまう。いや、その前に俺が破壊される。
 考えろ、考えるんだ。みことの怒りを治める言葉を……!
「そういや、みことってもう生理来てるの?」
「きっ、貴様ーーーーーーーッ!!!!!」
 ふと思いついたことを言ったら大変なことに。我ながら、もう少し考えて喋った方が長生きできる気がする。
 もう何を言っても無駄っぽいので廊下に飛び出し逃げる。当然、みこともついてきた。……机を掲げたまま。
「うわ、またやってるぞ別府の奴」
「飽きないわねー、ホント。今回は何やってみことを怒らせたのかな?」
 通行人たちが勝手なこと言ってやがる。今月は両手で足りる数しかやってないというのに。
「待てっ、タカシ!」
「待ってもいいけど、どうするつもり?」
「殺す!」
 じゃあ逃げる。
「……あ、スカートが」
「どうしたッ!? 大丈夫、スカートをめくることにかけては県内一の俺に任せろ!」
 脊髄反射で振り返ると、みことの笑みが。
「……罠?」
「無論」
 もし生きてたら、もうちょっと賢くなろう。
「喰らえっ、必殺みことスペシャル!」
 説明しよう! みことスペシャルとは、掲げた机を対象物へぶん投げる技である! この場合の対象物とは、俺ぐげっ
「ふん……まったく、毎度毎度懲りない男だ」
 廊下に倒れる。仰向けに転がると、みことのスカートの中が見えた。
「うぐっ……今回のパンツは、しまぱん……」
「いちいち言うな、馬鹿者ッ!」
 思い切り踏まれると同時に、意識が閉じた。

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【男が好きで好きでたまらないツンデレ】

2010年04月12日
「みこと、一緒に帰ろうぜ」
 ホームルームが終わり、鞄に教科書を詰めているとタカシが私に声をかけてきた。
「断る。一人で帰れ」
 いつものように、すげなく断る。だけど、タカシは諦めることなく言葉を続けた。
「それを更に断る。迷子になって当て所なくさまよう幼子を放っていいと思ってるのか?」
「お前は幼子でもなんでもないだろう。……まぁ、ふらふら迷子になってるタカシを想像するのは容易だがな」
 半泣きで家を探すタカシを想像して、思わず吹き出してしまう。
「失礼な。とにかく、帰ろうぜ」
「ふふっ、まぁいいだろう」
 鞄を持って、私はタカシと一緒に学校を出た。冷たい風が吹き、小さく体が震える。
「う……外は寒いな」
 さり気なく、タカシは私の手を握った。じろりと睨むと、タカシは申し訳なさそうな笑顔を見せた。
「いや、手が冷たいし。それに、一人より二人と言うし。それにだな、……あー、ええと……」
「もういい。まったく、しょうがない奴だ」
 タカシの手は冷たいどころか、とても暖かかった。きっと、私が寒そうにしているのを見て手を握ったのだろう。……肩でも抱けばいいものを、不器用な奴。
「……なんだよ、笑ったりして」
 タカシは少し不満そうに口を尖らせた。
「いや、なんでもない。……変な奴だと思っただけだ」
「相変わらず失礼だな……」
 そんなことを言いながらも、タカシは私の手を離すことはなかった。
 ……まったく、どうしてこんな素直じゃない私のことを嫌わないんだ。どうしていつも笑顔をくれるんだ。どうして私をいつも笑顔にしてくれるんだ。
 ……本当に、変な奴。
「みこと、次の休みどっか行かないか? カラオケとか、映画とか」
「む……騒がしいところは少々苦手だ」
「んじゃ、みことの家でしっぽりと」
「ふ、ふざけるな! 何がしっぽりだ!」
「ぐはっ!」
 顔が熱を持つのを感じながら、私はタカシのお腹を殴った。まったく、エッチな奴だ。
「いつつ……残念。んじゃ、俺んちでゲームでもすっか?」
「まぁ、それならいいだろう。……しかし、たまには他の奴と遊んだらどうだ? ここしばらく、休みの日はずっと私といるだろう」
「あー……ひょっとして、俺と遊ぶの嫌で、実のところ義理で付き合ってるとか?」
「ま、まぁそんなところだ。私の寛大な心に感謝するがいい」
 違う。嫌どころか、タカシと一緒にいれて嬉しい。なんでそんな簡単なことが言えないんだ。
「そっか。……だが、知ったことではない!」
「は?」
「お前が付き合いきれなくなるまで、俺はお前を誘い続けるだろう。なにせ、俺はみことと一緒にいる時が一番楽しいからな!」
 そう言って、タカシは笑った。……ああもう、なんでこいつはこんなまっすぐな笑顔ができるんだ。
 世辞が言えるような奴ではないから、嘘ではないのだろう。その事実が、私の顔をさらに赤くさせる。
「……ん? みこと、顔赤いぞ? 惚れたか?」
「きっ、貴様のような奴に惚れる訳がないだろうが! この痴れ者が!」
 ああそうさ、貴様の言うとおりだ。隣で嬉しそうに笑ってる痴れ者に、私は心底参っているのだろう。
「ま、いーや。とにかく、約束したぞ。忘れんなよ?」
 そう言って、タカシは手を離した。……ああそうか、もう別れ道に着いてしまったか。
 手の温もりを冬の風が急速に奪っていく。……タカシの温もりが、消えていく。
「た、タカシ!」
 気がつくと、私はタカシの後姿に叫んでいた。驚いたような顔をして、タカシは振り向いた。
「ん? どした?」
 柔和な笑顔を見せるタカシに、私はどうしていいか分からなくなってしまった。……寂しくなったなんて、言えるわけがない。
「あ、いや、その……」
「……ふむ。よく分からんが、こんな寒いところで立ち話もなんだ。お前の家に行くか」
 タカシは私のところまで戻って来て、ぎゅっと手を握った。
「あ……」
 私の手が、再び優しい温もりに包まれる。
「ほれ、こんなとこ突っ立ってたら風邪ひくぞ」
「し、しかたないな。そんなに私と一緒にいたいなら、少しだけつきあってやるか」
 苦笑いを浮かべるタカシの手を引いて、私は自分の家に向かった。
 ……タカシといると、どうも調子を狂わされる。私はこんな弱い人間じゃなかった。
 だから、責任を取ってもらわないと。ずっと、ずーっと傍にいてもらうからな。覚悟しろ、タカシ。

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【ツンデレと母の日】

2010年04月07日
 今日は母の日だ。たまには日頃の感謝の気持ちを込め、贈り物をするのもいいかもしれない。
「つーわけで、選べ」
「いきなり人を拉致して言うことはそれか?」
 みことがにっこり笑いながら俺の首を絞めるので、通行人が何事かとざわめきだした。
「ぐええ……あ、あの、母の日のプレゼントを選んでもらおうと、その……ぐええええ」
「なんだ、それなら最初からそう言え」
 そう言うと、みことは口から泡を吐く俺を解放してくれた。
「泡を吐くな。カニか、貴様は」
 いい旅カニ気分。いや、そんなことはどうでもいい。
「そ、それでだな、何を贈ったら喜ばれるのか俺にはちぃとも分からんのだ」
「母君に贈るのだ、真剣に選べば何を贈ったところで喜ばれるだろう」
「そう思って去年は赤子用おしゃぶりを1ダース贈ったところ、俺の誕生日に老人用オムツ1ダース贈り返された」
「……楽しい家族だな」
「使い切るのに難儀しました」
「使うな!」
 健康な青年がオムツを使うのは、非常に屈辱的でした。
「そんな悲しい誕生日を迎えたくはないので、今年は真面目にすることにしたのですよ」
「なら、自分で考えるがいい。私に頼らなくても、真面目にするなら大丈夫だろう?」
「いや、途中で“あ、これ贈られたら嫌だろうな”と思った瞬間にそれを買ってる可能性が高いので、お目付け役が必要かと」
「お前は……いや、いい。分かった、付き合ってやる」
 なぜか疲れた様子のみことと一緒に、色々な店を回る。
「みことみこと、これどうだ?」
「だから、なぜおしゃぶりを選ぶ!?」
 紆余曲折の果て、どうにか適当な品を見繕うことができた。
「結局花か」
 手元にあるカーネーションの花束を持ち直す。結構高かった。
「無難だが、これなら喜んでくれるだろう」
「……やっぱ食虫植物にしない? 母さんの人柄と合ってて喜んでくれるかと」
「どこの世界に食虫植物を贈られて喜ぶ親がいる!」
 うちの親は喜びそうだけどな。俺の誕生日に何を贈り返すか考えると。
「ところで、お前は買わなくていいのか?」
「朝のうちに贈った後だ、抜かりない」
「少し誇らしげに、みことは小さな胸を反らした」
「小さい、は余計だ! いちいち口にするな!」
 首を絞めようとする手を花束でガードする。
「く……花を盾にするとは卑怯な」
「みこともこれで一応女なのか、花を攻撃するのは躊躇われたようだ」
「だから、口にするな! 誰が一応だ、私は立派な女だ!」
 わき腹を思い切りつねられた。
「いてててて、超痛え!」
「しるか、ばか!」
 なぜか機嫌を損ねてしまったみことと一緒に帰路をゆく。なんか気まずい。
「え、えーと、みこちん、俺ノド渇いちゃった。喫茶店寄っていい?」
「変な愛称をつけるな!」
「いい? いいよな? よし、行こう」
「わっ、待て、私は行くなど一言も……」
 みことの手をひっ掴み、喫茶店に入る。適当な席に座り、やってきた店員さんに注文を頼む。
「……むー」
 だと言うのに、目の前でむーと唸る娘さんからは一向に機嫌が直る気配はない。
「だからあれほどパフェを頼めと言ったのに……店員さん呼ぼうか?」
「誰もそんなことで怒ってない!」
 運ばれてきたコーヒーをひったくり、みことは一気にカップを傾けた。
「あふっ! ……ううっ、ふーふー」
 みことは猫舌だった。必死で息を吹いて冷ますその様子が滑稽で、それ以上に可愛い。
「……何を笑ってる」
「え?」
「……ふん。そんなに私が猫舌なのが面白いのか」
「や、その、……まぁそんな感じ」
 素直に可愛いからと言うのは少し照れくさかったのでそう言ったら、みことはますます不愉快そうなオーラを醸し出した。
「好きで猫舌じゃない。……ふん」
 そう言って、みことは再びふーふーし始めた。……ああもう、だから可愛いってば!
「……なにをしている」
「え?」
「……なぜ、私の頭をなでている」
 そう言われてみことの頭を見ると、なるほど俺の手が忙しそうにみことの頭をなでていた。
「え、ええと、これはその、違うんですよ?」
「なにが違う。いいから手をどけろ」
 俺の手がみことの頭の上を往復するたび、みことの怒りが蓄積されていくような。
「手が、俺の手が勝手に! まったくとんでもない右手ですよね! ほとほと嫌気がさした、もう右手なんて知らん!」
「お前の手だろう! 早くどけろ!」
 責任を右手になすりつけたのに、俺が怒られた。名残惜しいが、手をみことからどける。
「まったく……なんでお前はすぐ私の頭をなでるんだ?」
「可愛いから」
 しまった、ついするりと本音がこぼれた。怒られる。
「…………」
 ──と思ったのだけど、みことはなんだか恥ずかしそうにコーヒーをくるくるかき混ぜていた。
「や、その、こ、コーヒーが! コーヒーが可愛いのですよ! 愛してると言っていいかと!」
「……随分変わった嗜好だな」
「よく言われます! 家の中はコーヒーグッズでいっぱいなのですよ!」
 もちろん嘘だ。
「じゃあ、なんでお前はオレンヂジュースを飲んでるのだ?」
「あ」
 みことは小さく嘆息し、俺を見た。
「本当に嘘が下手だな、お前は」
 そう言って、優しい笑みを見せた。機嫌が直ったようで何よりだが、その笑顔は反則だ。
「や、その、……わはははは!」
 精一杯の照れ笑いをして、俺はオレンヂジュースを一気にあおるのだった。

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