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2025年02月05日
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【ツンデレの家に避難したら】
2011年06月24日
まだ6月なのにこの暑さはどういうことなのか。
「たまらず隣の家に避難した俺を誰が非難できようか」
お隣の家に住んでるとあるヤツの部屋に飛び込み、ベッドに寝そべる。俺の部屋には存在しないクーラーが素敵。なんで居間と両親の部屋だけにしかないんだよ、俺んち。
「……避難と非難。……どうしよう、笑った方がいいのだろうか。……無理だ。自分を偽ってまで笑うことなんて、私には、できない……」
「素直につまんないと言ってもらった方が、どれだけ助かったか……!」
「……全部計算ずく。……偉い?」
とても偉いので、頭をなでてほしそうなオーラを発しているちなみのほっぺを引っ張ってやる。
「……おかしい、褒めてもらってる気がしない」
「何を神妙な顔をしとるか」
そのままついでにほっぺをぐにぐにする。何度も触ったことがあるのだが、何度やっても楽しい。
「……むぅ、べとべとする。タカシの妖怪らしさが私を不快にする」
「人をなんだと思ってるんだ、この娘は……。これはただの汗だ」
「……すたんどばっく。ゆーすてぃんく。ていくあしゃわー」
「DUO3.0だと!?」
「……ふふん」
なんか誇らしげだったので、もっかいほっぺをぐにぐにしてやる。
「……タカシはすぐに私のほっぺをぐにぐにする」
「妖怪ほっぺこねだから仕方ないんだ。主に女性のほっぺをこねることで生計を立てている善良な妖怪だったのだが、ある時誤ってオカマの頬をこねてしまい、以来女性不信に陥っている。前科2犯」
「……既に犯罪を犯している」
「しまった!」
適当に喋った結果、前科がついてしまった。そんなつもりはなかったので、ちなみのほっぺから手を離す。
「……むぅ」
「何を口を尖らせているか」
「……前科を増やすチャンスだったのに、残念無念」
そんな軽口を叩きながら、ちなみは俺の隣にぽすんと座った。そして、俺の肩口に鼻をよせ、クンクンと犬のように嗅いだ。
「……むぅ。大変な悪臭がここを中心に発生している。……はっ、まさか、……死臭?」
「死んでねえ!」
「なんだ。……タカシにはがっかりだ」
どんな期待を抱いてんだ。
「……くんくん。……うーん、臭い」
「そんな臭い臭い言うな。……あー、仕方ない。面倒だが、ちょっと家に戻ってシャワー浴びてくるわ」
そう言いながら立とうとしたら、クンッと引っかかりの感触が。ちなみが俺の服の裾を小さく握っていた。
「……べ、別にそこまでしなくていい。私のせいで追い出すみたいで気分が悪い。ああ気分が悪い。タカシは死んだ方がいい」
「文章がおかしい」
「……途中から本音が出た。しっぱいしっぱい」
できれば隠し通していただきたい。
「……まあ、そういうわけだから、別にシャワーとか浴びなくていい。……タカシとは本来臭いものだから、仕方がないのだ」
そう言ってる今も、ちなみは俺の服をくいくい引っ張り続けている。
「別に俺は本来臭い生物ではないが、まあ、そこまで言うならここにいるけど……」
中腰の状態から再び腰をベッドに下ろす。ちなみは満足げにコクコクうなずくと、さっきと同じように俺の肩に顔をよせた。
「……うーん、臭い」
「風呂に入らなくていいと言いながら……お前は俺にどうしろと言うのだ」
「……まあ、タカシとは本来死んでいるものだから、この匂いは仕方がない」
臭い理由が判明した。
「なんだってお前は幼なじみをゾンビにしたいんだ」
「……小学生を見ても息を荒げないだけ、ゾンビの方がマシだ」
ぐぅの音も出やしねえ。
「いいやあの違う違うんです、最近の小学生はこれがもう発達が凄くて、お前より胸が小さい奴の方が少ないくらいで!」
「……これはびっくり。なんの言い訳にもなってないことをしどろもどろになりながら言われた」
言われて見ると確かに。俺は何を言ってるのだ。
「……そしてさりげなく侮辱された。貧乳は人にあらず、と慣れた様子でタカシは言う」
「慣れた様子ってのは、お前の捏造を指すのか?」
「…………」
「いていて」
ちなみは頬を膨らませながら俺の腹を指でなんども突いた。地味に痛い。
「……今日もタカシのお腹はぷよぷよだ。……筋肉のぬの字も見えない」
「そもそも筋肉にぬの字はない」
「……それは盲点だった」
などと適当ぶっこきながら、ちなみはなおも人の腹をさすっている。手持ち無沙汰なので、こちらはちなみの頬をむにむにする。
「……本当はおっぱいをむにむにしたいに違いない」
「抜かった、エスパー機関の人間かッ!?」
「……今日もタカシは愚かしい。そして今日の出来事はブログにアップしておくので、お楽しみに」
「個人情報保護法とか知ってます?」
「……だいじょぶ、私のことはぼかしてる」
「なんで俺は実名なんでしょうか」
「……だいじょぶ、気にしない」
「頼む、気にしてくれ」
「……?」
「そこで不思議そうな顔をされると俺にはもうどうにも!」
ちなみは人の秘密をいっぱい握っているのでとても困るなあと思った。
「たまらず隣の家に避難した俺を誰が非難できようか」
お隣の家に住んでるとあるヤツの部屋に飛び込み、ベッドに寝そべる。俺の部屋には存在しないクーラーが素敵。なんで居間と両親の部屋だけにしかないんだよ、俺んち。
「……避難と非難。……どうしよう、笑った方がいいのだろうか。……無理だ。自分を偽ってまで笑うことなんて、私には、できない……」
「素直につまんないと言ってもらった方が、どれだけ助かったか……!」
「……全部計算ずく。……偉い?」
とても偉いので、頭をなでてほしそうなオーラを発しているちなみのほっぺを引っ張ってやる。
「……おかしい、褒めてもらってる気がしない」
「何を神妙な顔をしとるか」
そのままついでにほっぺをぐにぐにする。何度も触ったことがあるのだが、何度やっても楽しい。
「……むぅ、べとべとする。タカシの妖怪らしさが私を不快にする」
「人をなんだと思ってるんだ、この娘は……。これはただの汗だ」
「……すたんどばっく。ゆーすてぃんく。ていくあしゃわー」
「DUO3.0だと!?」
「……ふふん」
なんか誇らしげだったので、もっかいほっぺをぐにぐにしてやる。
「……タカシはすぐに私のほっぺをぐにぐにする」
「妖怪ほっぺこねだから仕方ないんだ。主に女性のほっぺをこねることで生計を立てている善良な妖怪だったのだが、ある時誤ってオカマの頬をこねてしまい、以来女性不信に陥っている。前科2犯」
「……既に犯罪を犯している」
「しまった!」
適当に喋った結果、前科がついてしまった。そんなつもりはなかったので、ちなみのほっぺから手を離す。
「……むぅ」
「何を口を尖らせているか」
「……前科を増やすチャンスだったのに、残念無念」
そんな軽口を叩きながら、ちなみは俺の隣にぽすんと座った。そして、俺の肩口に鼻をよせ、クンクンと犬のように嗅いだ。
「……むぅ。大変な悪臭がここを中心に発生している。……はっ、まさか、……死臭?」
「死んでねえ!」
「なんだ。……タカシにはがっかりだ」
どんな期待を抱いてんだ。
「……くんくん。……うーん、臭い」
「そんな臭い臭い言うな。……あー、仕方ない。面倒だが、ちょっと家に戻ってシャワー浴びてくるわ」
そう言いながら立とうとしたら、クンッと引っかかりの感触が。ちなみが俺の服の裾を小さく握っていた。
「……べ、別にそこまでしなくていい。私のせいで追い出すみたいで気分が悪い。ああ気分が悪い。タカシは死んだ方がいい」
「文章がおかしい」
「……途中から本音が出た。しっぱいしっぱい」
できれば隠し通していただきたい。
「……まあ、そういうわけだから、別にシャワーとか浴びなくていい。……タカシとは本来臭いものだから、仕方がないのだ」
そう言ってる今も、ちなみは俺の服をくいくい引っ張り続けている。
「別に俺は本来臭い生物ではないが、まあ、そこまで言うならここにいるけど……」
中腰の状態から再び腰をベッドに下ろす。ちなみは満足げにコクコクうなずくと、さっきと同じように俺の肩に顔をよせた。
「……うーん、臭い」
「風呂に入らなくていいと言いながら……お前は俺にどうしろと言うのだ」
「……まあ、タカシとは本来死んでいるものだから、この匂いは仕方がない」
臭い理由が判明した。
「なんだってお前は幼なじみをゾンビにしたいんだ」
「……小学生を見ても息を荒げないだけ、ゾンビの方がマシだ」
ぐぅの音も出やしねえ。
「いいやあの違う違うんです、最近の小学生はこれがもう発達が凄くて、お前より胸が小さい奴の方が少ないくらいで!」
「……これはびっくり。なんの言い訳にもなってないことをしどろもどろになりながら言われた」
言われて見ると確かに。俺は何を言ってるのだ。
「……そしてさりげなく侮辱された。貧乳は人にあらず、と慣れた様子でタカシは言う」
「慣れた様子ってのは、お前の捏造を指すのか?」
「…………」
「いていて」
ちなみは頬を膨らませながら俺の腹を指でなんども突いた。地味に痛い。
「……今日もタカシのお腹はぷよぷよだ。……筋肉のぬの字も見えない」
「そもそも筋肉にぬの字はない」
「……それは盲点だった」
などと適当ぶっこきながら、ちなみはなおも人の腹をさすっている。手持ち無沙汰なので、こちらはちなみの頬をむにむにする。
「……本当はおっぱいをむにむにしたいに違いない」
「抜かった、エスパー機関の人間かッ!?」
「……今日もタカシは愚かしい。そして今日の出来事はブログにアップしておくので、お楽しみに」
「個人情報保護法とか知ってます?」
「……だいじょぶ、私のことはぼかしてる」
「なんで俺は実名なんでしょうか」
「……だいじょぶ、気にしない」
「頼む、気にしてくれ」
「……?」
「そこで不思議そうな顔をされると俺にはもうどうにも!」
ちなみは人の秘密をいっぱい握っているのでとても困るなあと思った。
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【犬子 電車】
2011年06月02日
「大変羨ましい記述があったので俺もしたい」
「朝から何の話?」
登校するなり先日とある掲示板で見たことを簡潔に述べたら、目の前の人間に擬態した犬は小首を傾げた。
「満員電車でえろいことしたいって話」
「あ、朝から不潔だよ、符長くん!」
「テメェ、俺が昨日風呂に入ってないことをどこで知った!?」
頭がかゆい符長彰人ですこんにちは。……むぅ、何だこの脳内で発生するこんにちはは。
「超勘違いだよ! それはそれで汚いよ! 毎日お風呂には入らないとダメだよ!」
「いや違うんだ、聞いてくれ。シャンプーが切れてたんで買いに行かなくちゃいけなかったんだけど、出かけるのが面倒で、もういっそ風呂に入らなくてもいいか! と思ったんだ」
「思わないの! もー……今日学校終わったら一緒にシャンプー買いに行ってあげるから、今日はお風呂入るんだよ?」
「犬子が一緒に入ってくれるなら入る」
「は、入らないよ! 入るわけないよ! 今日も符長くんはえっちだよ!」
「いや、ついでにお前の身体を洗ってやろうと思って。月に一度くらいは洗った方がいいと思ってな」
「当然のように犬扱いされてるよ! 今日も言うけど、私は犬じゃなくて人間なの! 髪型が犬っぽいだけなの! その結果、符長くんが勝手に犬子犬子言ってるだけ!」
「この人間に擬態した犬は流暢に日本語を使うなあ」
「うう……日常のように聞き流してるよ……」
「で、話は戻るんだが、電車ね」
「嫌だよ!」
「まだ話は終わってない」
「分かるもん! どーせ私に痴漢したいとかって話でしょ! そんなの、絶対嫌だから!」
「いや、俺も犬の尻を触る趣味はない」
「ここでも犬扱い!?」
「でも隠されたしっぽは触りたい。もふもふ感が強いに違いない」
「うう……そんなの存在しないのに、なんだかプレッシャーを感じるよ……」
「ええと。痴漢じゃなくてだな、抱き合いたいのだ」
がっかり感の強かった犬子だったが、その台詞を聞いた瞬間、バネ仕掛けのおもちゃみたいにこっちを勢いよく見たのでびっくりした。
「ど、どした?」
「な、なんでもない、なんでもない! いーから続けて!」
「は、はぁ。ええとだな、満員電車は狭いだろ? だから、抱き合うことにより省スペースで素敵だね効果を得られるので俺もやってみてえと思ったのでお前を誘ったということだ」
「…………」
「どした? 犬子?」
「……あー、あのね、符長くん?」
「は、はぁ」
何やら手を合わせ、身体を斜めにしてこちらに問いかけてきたので、ややひるみながら返答する。
「省スペースってことは、エコだよね?」
「はぁ、まぁそうだな」
「エコはさ、大事だからさ、そのさ、……や、やってあげてもいいかもだよ?」
「エコとか吐き気がするくらい嫌いだからいいよ」
「符長くんのスキル:天邪鬼が発動したよ!」
「普通につっこめ」
「いひゃいいひゃい」
なんとなく犬子のほっぺを引っ張る。柔らかい。
「うー……符長くんのばか。痛いじゃないの」
「許して欲しい気持ちが少しだけある」
「いっぱいあるの! 普通は! そしてもっと普通に謝るの! 普通は!」
「任せろ、普通とか超得意」
「…………」
俺がこういう台詞を言うと、誰が相手でもじろーっとした目で見られます。基本的に信頼されてない様子。
「はぁ……まあいいよ、符長くんだし。それで、あの……?」
「ん、ああ。痴漢な。乳でも尻でも揉んでやろう」
「しないよ! 抱っこだよ! 抱き合うのだよ!」
「痴漢の方が楽しそうだなあ」
「抱っこなの! 今日は抱っこの日!」
ちうわけで、犬子が抱け抱け言うので放課後、電車に乗ってみた。
「……全然人いないね」
ただ一つの誤算は、帰宅ラッシュが過ぎた後だったようで、人影はほぼ皆無で、普通に座れてしまうことだった。
「犬子がシャンプー買うのに手間取るからだ」
「酷い責任転嫁だよ! それを言うなら符長くんの方が悪いよ! 私の持つ買い物カゴに何回も何回も犬用シャンプー入れるんだもん! それで30分は時間使ったよ!」
「犬子が買い物カゴを持つだなんて賢いマネをするから、ご褒美をあげたくなっちゃったんだ」
「テレビとかでたまにやる買い物する利口な犬と思われてる!?」
「それとも、骨とかの方が嬉しいのか?」
「知らないよ! なぜなら私は人間だから!」
「うーむ。仮に人間だとしても、犬寄りの人間だよな?」
「え? う、うん、そう、かなぁ……? 自分じゃよくわかんないけど」
「犬と人間を比率で表すなら、99:1くらいだな」
「ほぼ犬!?」
「保母犬。親を失った可哀想な子供を集めて育てる優しい妖怪犬。しかし、もし俺が同等の行為を行った場合は警察官が大挙してやってくるだろうからこの国はおかしいと思う」
「嘘解説はいいのっ! ……そ、それよりさ、え、えっとね? だ、抱っこはどうなるのカナ?」
「どうも何も、混んでないんだからしても意味ないだろ」
「あ、そ、そっか。そだね。そだよね。……そりゃそうだよね」
途端に犬子のテンションが激下がりした。
「恐らく衆人環視の中で頭がフットーしちゃいそうになりたかったに違いないだろうに、申し訳ないことをした」
「そこまでやるつもりはないよっ!」
しかし、簡単にテンションが上がったのでこの犬は簡単で素敵だと思ったので頭をなでてみる。
「え、え……?」
当の犬子はなでられる理由が分からないのか、困惑した様子で頭をなでられていた。
「……う、うー」
しかし、やがて観念したのか、小さく頬を染めてただなでられていた。
「やはり犬子の名は伊達ではないのか、なで感がハンパではなくよいな」
「……あの、あのさ、符長くん。私以外に誰かの頭をなでたことあるの?」
「ぬいぐるみを含んでいいなら、ある! と力強く答えよう。含んじゃいけないなら黙秘権を活用します」
犬子の顔が憐憫だか安心だか非常に微妙な表情になった。
「ところで犬子さんや」
「ん? なぁに、符長くん?」
「先ほど抱っこは意味がないと言った俺が言うのもなんだが、やっぱ抱っこして省スペース秘技を実践してみたいと思う俺を君はどう思うか」
「よきことだと思うよっ!!!」
「超声がでけえ!」
ものすごく大きな声だったのでとてもびっくりした。幸いにして俺たちが乗ってるのはほぼ人がいないローカル線だったので騒ぎにはならないようだけど。
「あ、ご、ごめんね。ついおっきな声が出ちゃったよ」
「まあいいが……そんなに省スペースを実践したかったのか?」
「え? え、あ、うんっ! そうなの! 省エネ大好き!」
「俺は玉子焼きが好き」
「なんか違うよっ! ……あのさ、今度作ってきてあげよっか?」
「おお、さんきう」
嬉しかったので頭をなでてあげたら、ニコニコされた。パンツの下のしっぽ(予想)も振ってるに違いない。
「えへへー。……あ、そ、それで、だ、抱っこは?」
「ああ、そだな。そのために来たのだし」
というわけで、両手を広げてカムカムするのだが、犬子は一向に俺の檻に入ろうとしない。
「どした?」
「うぅー……そこに飛び込むための理論武装は完璧だけど、それはそれで恥ずかしいんだよ! ドキドキするんだよ! 符長くんがなんでもない顔してるのが憎らしいんだよ!」
「ばか、俺だってあとでガムテープで服を綺麗にしなきゃな、あ、でもガムテープなかったどうしようと内心ドキドキなんだぞ?」
「ここに至って未だ犬扱いとな!?」
なんだその口調。
「……あ、でも、ドキドキが大分薄れたよ。これならいけそうな気がするよ!」
「じゃあ衆人環視の中頭がフットーしそうなくらい抱き合いましょう」
「またしてもドキドキが再発したよ! 絶対わざとだよコンチクショウ! それと、衆人環視じゃないよ! 人っ子ひとりいないよ!」
本当にこの電車は大丈夫かと思うほど人気がない。まあ、今回に限ってはラッキーなのだけれども。
「じゃあいいじゃん。ほれ、おいで」
「うぅー……」
犬子はやたら赤い顔でこちらを見たり目を伏せたりを繰り返すと、やがて意を決したように拳を握り締めて鼻息を漏らした。
「よ……よしっ。やっ、やるよっ、符長くん!」
「任せろ、飛んできたらその勢いを利用してえいやっと網棚に収納してやる」
「そんなのちっとも頼んでないよっ! 収納しないで!」
そりゃそうだ。
「もー……常に変なことばっか言って。いーから普通に抱っこするんだよ? 頭とかもなでるんだよ?」
「なんか追加された」
「い、いーの! ついでなの!」
「まあいいか。じゃあ、そういうことで、おいで」
「う……うんっ!」
両手を広げて再びカムカムしたら、今度こそ犬子は勢いをつけて俺に飛びついた。
「へ、へへー……できた、できたよ♪」
「こいつは偉い犬だ」(なでなで)
「犬じゃないもん、人だもん♪」
何がそんなに嬉しいんだか知らないが、犬子は笑いながら俺の胸にごりごり顔をこすりつけている。犬というよりむしろ猫のマーキングのよう。
「じゃあ、省スペース術を試しましょうか」
「あ、そだね」
ちうわけで、二人で抱き合って立つが、周囲に人が一切いないため、これが省スペースになるのか分からない。
「……よく分かんないね」
犬子もそう思ったのか、情けない笑顔を見せた。
「うーむ。いや待て、もっと密着すれば分かるかもしれないと下心を満載にしながら言ってみる」
「後半で何もかも台無しだよ、符長くん!」
「でも、犬子には乳力がないから密着してもよく分からないから別にいいか」
「あーっ!? その台詞は女子として許せないよ!」
「でも、俺は胸がない方が好きなんだ」
「……ま、まあ、私は心が広いから許すけども」
「しかし、俺は真性のロリコン野郎なので10歳以下じゃないとダメなんだ」
「符長くんがもうダメだった!?」
「冗談、冗談だ。まだ俺はその域まで達してない」
半泣きになったので、慌てて訂正する。
「うぅー……」
「そう唸るな。皮いい顔が台無しだぞ?」
「折角のモテ台詞が誤変換のために台無しだよ、符長くん!」
「いや、これであってる」
「皮膚を褒められたの!?」
「だって、ニキビひとつない皮いい顔だろ」
犬子のほっぺを両手で包み込んでふにふにしながら言う。実に皮いい顔だ。
「うぅー……素直に喜べないよ」
「じゃあ俺が代わりに素直に喜ぶ。ひゃほー!」
「代わりの意味が全く分からないよ、符長くん!」
「犬子と抱きあえて嬉しいんだ」
「え、あ、あ……」
今更ながら自分の状態を把握したのか、犬子は赤くなってうつむいた。
「そう赤くなるな。ほら、一応検証って体だから大丈夫だ」
「そうやってわざわざ全部言っちゃうから意味ないよ、符長くん!」
「正直者だから仕方ないんだ。将来的に金の斧と銀の斧を手に入れてウハウハの予定なんだ」
「童話を将来設計に組み込んでる!?」
「ただ、鉄の斧を持ってないことだけが不安要素だな。どこに売ってんだろ? 武器屋?」
「現実とフィクションを混同してるよ、符長くん!」
「犬が人語を解する時点で現実も何もないと思うが」
「まだ犬!? もーこーゆー状態なんだからちょっとはらぶらぶな雰囲気になってもおかしくないと思うのに、いつもと変わらないのはどういうことなのだよ!?」
「なんだその口調」
「もー! いーからちょっとはラブ因子が欲しいの!」
「そういうことは恋人に言いなさい。外見は器量良しだし、なおかつ俺みたいな天邪鬼に付き合える優しさを持ってるんだから、すぐにできるはずだ」
「うっ、そ、それはそのー……あの、ね?」
「?」
何やら意味ありげにこちらをチラチラ見てくる。……ああ、そうか。
「よしよし」(なでなで)
「違うよっ! ご褒美が欲しい犬じゃないよっ!」
「なんだ。女心ってのは難しいな」
「犬扱いしてる時点で女心も何もないよ……。と、ところでさ」
「うん?」
「も、もーなでなではしてくんないの?」
「…………」
「べっ、別にしてほしいとかじゃなくてね!? 別にちっとも気持ちよくなんかないし! 心がほわほわーとか何のことって感じだし! ずっとこうしててほしいだなんて考えもしないし!」
「いやはや、犬子の忠犬っぷりにはほとほと脱帽だな」(なでなで)
「違うのっ! 忠犬とか意味分かんないしっ! 嬉しくなんてないしっ!?」
「それはそうと、もうちょっとなでますか?」
「……ま、まあ、もうちょっとなら。あ、あと、もうちょっとぎゅってしてくれてもいいし」
尋常ではないほど顔を赤くしながら、何やら口の中でぶちぶち言ってる犬子だった。
「朝から何の話?」
登校するなり先日とある掲示板で見たことを簡潔に述べたら、目の前の人間に擬態した犬は小首を傾げた。
「満員電車でえろいことしたいって話」
「あ、朝から不潔だよ、符長くん!」
「テメェ、俺が昨日風呂に入ってないことをどこで知った!?」
頭がかゆい符長彰人ですこんにちは。……むぅ、何だこの脳内で発生するこんにちはは。
「超勘違いだよ! それはそれで汚いよ! 毎日お風呂には入らないとダメだよ!」
「いや違うんだ、聞いてくれ。シャンプーが切れてたんで買いに行かなくちゃいけなかったんだけど、出かけるのが面倒で、もういっそ風呂に入らなくてもいいか! と思ったんだ」
「思わないの! もー……今日学校終わったら一緒にシャンプー買いに行ってあげるから、今日はお風呂入るんだよ?」
「犬子が一緒に入ってくれるなら入る」
「は、入らないよ! 入るわけないよ! 今日も符長くんはえっちだよ!」
「いや、ついでにお前の身体を洗ってやろうと思って。月に一度くらいは洗った方がいいと思ってな」
「当然のように犬扱いされてるよ! 今日も言うけど、私は犬じゃなくて人間なの! 髪型が犬っぽいだけなの! その結果、符長くんが勝手に犬子犬子言ってるだけ!」
「この人間に擬態した犬は流暢に日本語を使うなあ」
「うう……日常のように聞き流してるよ……」
「で、話は戻るんだが、電車ね」
「嫌だよ!」
「まだ話は終わってない」
「分かるもん! どーせ私に痴漢したいとかって話でしょ! そんなの、絶対嫌だから!」
「いや、俺も犬の尻を触る趣味はない」
「ここでも犬扱い!?」
「でも隠されたしっぽは触りたい。もふもふ感が強いに違いない」
「うう……そんなの存在しないのに、なんだかプレッシャーを感じるよ……」
「ええと。痴漢じゃなくてだな、抱き合いたいのだ」
がっかり感の強かった犬子だったが、その台詞を聞いた瞬間、バネ仕掛けのおもちゃみたいにこっちを勢いよく見たのでびっくりした。
「ど、どした?」
「な、なんでもない、なんでもない! いーから続けて!」
「は、はぁ。ええとだな、満員電車は狭いだろ? だから、抱き合うことにより省スペースで素敵だね効果を得られるので俺もやってみてえと思ったのでお前を誘ったということだ」
「…………」
「どした? 犬子?」
「……あー、あのね、符長くん?」
「は、はぁ」
何やら手を合わせ、身体を斜めにしてこちらに問いかけてきたので、ややひるみながら返答する。
「省スペースってことは、エコだよね?」
「はぁ、まぁそうだな」
「エコはさ、大事だからさ、そのさ、……や、やってあげてもいいかもだよ?」
「エコとか吐き気がするくらい嫌いだからいいよ」
「符長くんのスキル:天邪鬼が発動したよ!」
「普通につっこめ」
「いひゃいいひゃい」
なんとなく犬子のほっぺを引っ張る。柔らかい。
「うー……符長くんのばか。痛いじゃないの」
「許して欲しい気持ちが少しだけある」
「いっぱいあるの! 普通は! そしてもっと普通に謝るの! 普通は!」
「任せろ、普通とか超得意」
「…………」
俺がこういう台詞を言うと、誰が相手でもじろーっとした目で見られます。基本的に信頼されてない様子。
「はぁ……まあいいよ、符長くんだし。それで、あの……?」
「ん、ああ。痴漢な。乳でも尻でも揉んでやろう」
「しないよ! 抱っこだよ! 抱き合うのだよ!」
「痴漢の方が楽しそうだなあ」
「抱っこなの! 今日は抱っこの日!」
ちうわけで、犬子が抱け抱け言うので放課後、電車に乗ってみた。
「……全然人いないね」
ただ一つの誤算は、帰宅ラッシュが過ぎた後だったようで、人影はほぼ皆無で、普通に座れてしまうことだった。
「犬子がシャンプー買うのに手間取るからだ」
「酷い責任転嫁だよ! それを言うなら符長くんの方が悪いよ! 私の持つ買い物カゴに何回も何回も犬用シャンプー入れるんだもん! それで30分は時間使ったよ!」
「犬子が買い物カゴを持つだなんて賢いマネをするから、ご褒美をあげたくなっちゃったんだ」
「テレビとかでたまにやる買い物する利口な犬と思われてる!?」
「それとも、骨とかの方が嬉しいのか?」
「知らないよ! なぜなら私は人間だから!」
「うーむ。仮に人間だとしても、犬寄りの人間だよな?」
「え? う、うん、そう、かなぁ……? 自分じゃよくわかんないけど」
「犬と人間を比率で表すなら、99:1くらいだな」
「ほぼ犬!?」
「保母犬。親を失った可哀想な子供を集めて育てる優しい妖怪犬。しかし、もし俺が同等の行為を行った場合は警察官が大挙してやってくるだろうからこの国はおかしいと思う」
「嘘解説はいいのっ! ……そ、それよりさ、え、えっとね? だ、抱っこはどうなるのカナ?」
「どうも何も、混んでないんだからしても意味ないだろ」
「あ、そ、そっか。そだね。そだよね。……そりゃそうだよね」
途端に犬子のテンションが激下がりした。
「恐らく衆人環視の中で頭がフットーしちゃいそうになりたかったに違いないだろうに、申し訳ないことをした」
「そこまでやるつもりはないよっ!」
しかし、簡単にテンションが上がったのでこの犬は簡単で素敵だと思ったので頭をなでてみる。
「え、え……?」
当の犬子はなでられる理由が分からないのか、困惑した様子で頭をなでられていた。
「……う、うー」
しかし、やがて観念したのか、小さく頬を染めてただなでられていた。
「やはり犬子の名は伊達ではないのか、なで感がハンパではなくよいな」
「……あの、あのさ、符長くん。私以外に誰かの頭をなでたことあるの?」
「ぬいぐるみを含んでいいなら、ある! と力強く答えよう。含んじゃいけないなら黙秘権を活用します」
犬子の顔が憐憫だか安心だか非常に微妙な表情になった。
「ところで犬子さんや」
「ん? なぁに、符長くん?」
「先ほど抱っこは意味がないと言った俺が言うのもなんだが、やっぱ抱っこして省スペース秘技を実践してみたいと思う俺を君はどう思うか」
「よきことだと思うよっ!!!」
「超声がでけえ!」
ものすごく大きな声だったのでとてもびっくりした。幸いにして俺たちが乗ってるのはほぼ人がいないローカル線だったので騒ぎにはならないようだけど。
「あ、ご、ごめんね。ついおっきな声が出ちゃったよ」
「まあいいが……そんなに省スペースを実践したかったのか?」
「え? え、あ、うんっ! そうなの! 省エネ大好き!」
「俺は玉子焼きが好き」
「なんか違うよっ! ……あのさ、今度作ってきてあげよっか?」
「おお、さんきう」
嬉しかったので頭をなでてあげたら、ニコニコされた。パンツの下のしっぽ(予想)も振ってるに違いない。
「えへへー。……あ、そ、それで、だ、抱っこは?」
「ああ、そだな。そのために来たのだし」
というわけで、両手を広げてカムカムするのだが、犬子は一向に俺の檻に入ろうとしない。
「どした?」
「うぅー……そこに飛び込むための理論武装は完璧だけど、それはそれで恥ずかしいんだよ! ドキドキするんだよ! 符長くんがなんでもない顔してるのが憎らしいんだよ!」
「ばか、俺だってあとでガムテープで服を綺麗にしなきゃな、あ、でもガムテープなかったどうしようと内心ドキドキなんだぞ?」
「ここに至って未だ犬扱いとな!?」
なんだその口調。
「……あ、でも、ドキドキが大分薄れたよ。これならいけそうな気がするよ!」
「じゃあ衆人環視の中頭がフットーしそうなくらい抱き合いましょう」
「またしてもドキドキが再発したよ! 絶対わざとだよコンチクショウ! それと、衆人環視じゃないよ! 人っ子ひとりいないよ!」
本当にこの電車は大丈夫かと思うほど人気がない。まあ、今回に限ってはラッキーなのだけれども。
「じゃあいいじゃん。ほれ、おいで」
「うぅー……」
犬子はやたら赤い顔でこちらを見たり目を伏せたりを繰り返すと、やがて意を決したように拳を握り締めて鼻息を漏らした。
「よ……よしっ。やっ、やるよっ、符長くん!」
「任せろ、飛んできたらその勢いを利用してえいやっと網棚に収納してやる」
「そんなのちっとも頼んでないよっ! 収納しないで!」
そりゃそうだ。
「もー……常に変なことばっか言って。いーから普通に抱っこするんだよ? 頭とかもなでるんだよ?」
「なんか追加された」
「い、いーの! ついでなの!」
「まあいいか。じゃあ、そういうことで、おいで」
「う……うんっ!」
両手を広げて再びカムカムしたら、今度こそ犬子は勢いをつけて俺に飛びついた。
「へ、へへー……できた、できたよ♪」
「こいつは偉い犬だ」(なでなで)
「犬じゃないもん、人だもん♪」
何がそんなに嬉しいんだか知らないが、犬子は笑いながら俺の胸にごりごり顔をこすりつけている。犬というよりむしろ猫のマーキングのよう。
「じゃあ、省スペース術を試しましょうか」
「あ、そだね」
ちうわけで、二人で抱き合って立つが、周囲に人が一切いないため、これが省スペースになるのか分からない。
「……よく分かんないね」
犬子もそう思ったのか、情けない笑顔を見せた。
「うーむ。いや待て、もっと密着すれば分かるかもしれないと下心を満載にしながら言ってみる」
「後半で何もかも台無しだよ、符長くん!」
「でも、犬子には乳力がないから密着してもよく分からないから別にいいか」
「あーっ!? その台詞は女子として許せないよ!」
「でも、俺は胸がない方が好きなんだ」
「……ま、まあ、私は心が広いから許すけども」
「しかし、俺は真性のロリコン野郎なので10歳以下じゃないとダメなんだ」
「符長くんがもうダメだった!?」
「冗談、冗談だ。まだ俺はその域まで達してない」
半泣きになったので、慌てて訂正する。
「うぅー……」
「そう唸るな。皮いい顔が台無しだぞ?」
「折角のモテ台詞が誤変換のために台無しだよ、符長くん!」
「いや、これであってる」
「皮膚を褒められたの!?」
「だって、ニキビひとつない皮いい顔だろ」
犬子のほっぺを両手で包み込んでふにふにしながら言う。実に皮いい顔だ。
「うぅー……素直に喜べないよ」
「じゃあ俺が代わりに素直に喜ぶ。ひゃほー!」
「代わりの意味が全く分からないよ、符長くん!」
「犬子と抱きあえて嬉しいんだ」
「え、あ、あ……」
今更ながら自分の状態を把握したのか、犬子は赤くなってうつむいた。
「そう赤くなるな。ほら、一応検証って体だから大丈夫だ」
「そうやってわざわざ全部言っちゃうから意味ないよ、符長くん!」
「正直者だから仕方ないんだ。将来的に金の斧と銀の斧を手に入れてウハウハの予定なんだ」
「童話を将来設計に組み込んでる!?」
「ただ、鉄の斧を持ってないことだけが不安要素だな。どこに売ってんだろ? 武器屋?」
「現実とフィクションを混同してるよ、符長くん!」
「犬が人語を解する時点で現実も何もないと思うが」
「まだ犬!? もーこーゆー状態なんだからちょっとはらぶらぶな雰囲気になってもおかしくないと思うのに、いつもと変わらないのはどういうことなのだよ!?」
「なんだその口調」
「もー! いーからちょっとはラブ因子が欲しいの!」
「そういうことは恋人に言いなさい。外見は器量良しだし、なおかつ俺みたいな天邪鬼に付き合える優しさを持ってるんだから、すぐにできるはずだ」
「うっ、そ、それはそのー……あの、ね?」
「?」
何やら意味ありげにこちらをチラチラ見てくる。……ああ、そうか。
「よしよし」(なでなで)
「違うよっ! ご褒美が欲しい犬じゃないよっ!」
「なんだ。女心ってのは難しいな」
「犬扱いしてる時点で女心も何もないよ……。と、ところでさ」
「うん?」
「も、もーなでなではしてくんないの?」
「…………」
「べっ、別にしてほしいとかじゃなくてね!? 別にちっとも気持ちよくなんかないし! 心がほわほわーとか何のことって感じだし! ずっとこうしててほしいだなんて考えもしないし!」
「いやはや、犬子の忠犬っぷりにはほとほと脱帽だな」(なでなで)
「違うのっ! 忠犬とか意味分かんないしっ! 嬉しくなんてないしっ!?」
「それはそうと、もうちょっとなでますか?」
「……ま、まあ、もうちょっとなら。あ、あと、もうちょっとぎゅってしてくれてもいいし」
尋常ではないほど顔を赤くしながら、何やら口の中でぶちぶち言ってる犬子だった。
【お昼買いに購買に来たら財布がないのに気付いたツンデレ】
2011年05月26日
今日はママンが寝坊したとかで、購買でパンでも買えと500円硬貨を握らされました。
まあたまにはいいかと思ったので、昼休み、だらだら購買へ行くと、尋常ならざる人の群れ。そうだった。購買って場所はこうだった。ずっと弁当だったから忘れてた。
しかしここで躊躇していても仕方がない。えいやっと人の波にダイブしようとしたら何者かが人の首を後ろからむンずとわしづかみするんですの。
「ぐえええ」
昼食時に似つかわしくない声だったのか、俺を中心に蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。そんな人を汚物かのような目で見ないで。誰でも突然首を絞められたらそうなるんです。
「いきなり人の首を絞めるとは何事だ! なんというマナー違反!」
なんとか首の拘束を解き、人を殺そうとした犯人に詰め寄る。
「気にするな」
涼しい顔で俺の抗議を聞き流すこいつは、誰あろうみことだった。
「いや、する! しまくる! なぜならここで注意しないとまたいつ何時このように首を絞められ死に瀕するか分からないから!」
「うるさい黙れ」
全く間違ったことを言ってないのだけれども、とても怖かったので簡単に黙る。
「そして金を出せ」
「はい」
依然怖かったので財布をそのまま渡す。犯罪の現場が今ここに。誰か助けて。
「……なんだ、これっぽっちしかないのか。まあいい」
「すいません」
俺の昼飯代を奪い、みことは涼しい顔のままパンを売るおばちゃんの元へ向かうと、数種類のパンを購入したようだった。俺の昼飯代で。
「来い」
お腹が空いたなあ、と悲しんでいると、みことが人の首をぐいっと握りながら来いと言うのでぐえええと返事をしたら怒られた。
購買を出て、中庭に向かう。今日はお日さまが照っていて丁度気持ちいい塩梅だ。……昼飯があるなら。
「ふむ、そこのベンチがいいな」
などと考えていると、とあるベンチの前でみことが立ち止まった。
「ここに座れ」
「はい」
ベンチに座り戦々恐々してると、みことは俺の隣に座り、先ほど買ったパンを袋から取り出した。
「おいしそうですね」
「とはいえ所詮は購買だ、過度な期待は酷だろう」
それでも食べられない身としては美味しそうだなあ、と思っていたら、何やら俺の方にパンを差し出したままみことが動かなくなった。
「?」
「……ん」
「ん?」
「ん!」
何が“ん”なのだろう。よく分からない子だなあ、という思いを込めてみことをじっと見てると、何かみこと内部で論争があったのだろう、みことの顔が何やら赤くなってきた。
「……あ、あーん」
それは想定外だ。
みことはパンの包装を解くと、あろうことかあーんを仕掛けてきた。それは男女仲がむつまじい関係のみにおける技だと聞いたが、友人間でもいいのだろうか。
「は、早くしろ、ばか。……あ、あーん」
「え、ええと。あ、あーん」
もちろん俺内部でも様々な議論が繰り広げられたが、この返事がベストと判断した次第でございますハイ。だってほら、女の子にあーんとかされたいし!
とか思ってたらパンを半分以上一気に口に詰められ呼吸困難に陥るサプライズを仕掛けられる。
「もがもがもが、ごくんっ! ……ふぅ。あのな、みこと。死ぬから。人は呼吸をしないと死ぬから」
どうにか咀嚼→嚥下の高難度のコンボを決め、みことに説教する。
「そ、それくらい私だって知っている! ちょっと入れる量を誤っただけだ」
「次は普通の量でお願いします」
「え、ええっ!? まだこの私にあーんをさせるつもりなのか!?」
「そもそもお前から始めた事じゃねえか。ていうか、そもそもで言うなら俺の金で買った飯だし」
「借りただけだ!」
「ええっ!? 俺はてっきり強奪したのだとばかり」
「……お前は私をなんだと思っているのだ」
「蛮族」
頬をつねられ痛い痛い。
「誰が蛮族だ、誰が! ……ちょっと財布を家に忘れただけだ。誰にでもあるだろう!?」
「それは誰にでもあるけど、購買で知り合いの首を絞めて財布を強奪することは誰にでもないぐえええ」
先ほどの再現フィルムを見ているかのような状況に陥る。
「ふん。ばか。ふん」
「拗ねるのは大変可愛らしいのでありがたいですが、首を絞めるのはやめていただきたい。死にますので」
「だっ、誰が可愛いかっ、誰がっ!」
「痛い痛い」
照れ隠しに殴ってくるのもまた可愛いですが、女性とは思えない膂力なので言うんじゃなかった。なんだその腰の入り方。
「うぅー……」
「人を殴ったうえに睨むな」
鼻血が出たのでティッシュを鼻に詰めながらみことをなだめる。
「と、とにかくだ。お金は借りただけだ。また後日ちゃんと返す」
「はぁ。それはいいが、今日の俺の飯はどうなるんでしょうか」
「だ、だから、最初にお前に渡そうとしたのに、お前はちっとも受け取らないから、あんなことする羽目に……!」
先ほどのあーんを思い出したのか、みことは赤くなりながら俺を睨んだ。
「あ、あー。あの時の“ん”はそういう意味だったのか。言ってくれないと」
「それくらい察しろ、馬鹿!」
「結果から言えば、馬鹿だったばかりにあーんしてもらって大満足です。ていうか、素朴な疑問なんだが、なんであーんを?」
「……そ、そうしないとお前の分のパンを受け取ってくれないと思ったんだ。お前は意地悪だから!」
「これはいいことを聞いた。そう、俺は超意地悪なので、あーんをしないとパンを食べないぞ」
「お前は悪魔か!?」
「人です」
「ううぅ……ど、どうしてもあーんをしないとダメか?」
「ダメではないが、一時間後に俺の席で即身仏が発見されると思う」
「一時間で餓死だと!? ……お前の消化器系はどうなっているのだ?」
信じるな。
「……わ、分かった。分かった! やってやる!」
「いや、やっぱいいや」
「なんだと!? この私が折角やる気になったというのに、どういうことだ!?」
「いや、ほら」
そう言うとほぼ同時に、チャイムが鳴った。
「というわけで、飯の時間は終了。教室に戻るぞ」
「……ダメだ」
「はい?」
「ダメだ! まだあーんしてない! やるぞ!」
何か妙なスイッチが入ったのか、みことは急にやる気を出して俺にあーんを強要した。
「え、いや、あの」
「ぱっぱとしたらすぐ終わる! やるぞ、ほら!」
「え、え、え?」
「……は、はい、あーん」
「え、あ。あーん」
訳も分からず口を開けてると、口の中にパンが入れられる。
「ど、どうだ? うまいか?」
「もぐもぐ……うまい」
「そ、そうか! うまいか!」
「じゃ、そういうわけなんで教室に」
「えと……はい。あーん」
「え」
「え、じゃなくて、あーんだ。ほら、あーん」
「いや、あの、みことさん。教室に戻らないと遅刻して」
「あーん、だ」
「……あーん」
またしてもパンが口の中にあーんな感じで入れられる。
「どうだ? うまいか? うまいだろう?」
「もぐもぐ……うまい。じゃあ教室に」
「はい、あーん」
どうして次弾が既に装填されているのだろうか。
「どうした? 早く口を開けないか」
「あの、あのな、みこと。早く教室へ行かないと遅刻して」
「ほら、あーん?」
「……あーん」
どうして小首を傾げる悪魔の誘いを断れようか。
まあ、そのような感じでパンを全部平らげていたら、そりゃ遅刻しますよ。それは分かるが、一緒に教室に入ってどうして俺だけ怒られるの。なんだよ普段の素行って。
「ちょっと女子の着替えを覗く程度ですよ!?」
そりゃ放課後に改めて教師集団に説教されますよ。
まあたまにはいいかと思ったので、昼休み、だらだら購買へ行くと、尋常ならざる人の群れ。そうだった。購買って場所はこうだった。ずっと弁当だったから忘れてた。
しかしここで躊躇していても仕方がない。えいやっと人の波にダイブしようとしたら何者かが人の首を後ろからむンずとわしづかみするんですの。
「ぐえええ」
昼食時に似つかわしくない声だったのか、俺を中心に蜘蛛の子を散らすように人がいなくなった。そんな人を汚物かのような目で見ないで。誰でも突然首を絞められたらそうなるんです。
「いきなり人の首を絞めるとは何事だ! なんというマナー違反!」
なんとか首の拘束を解き、人を殺そうとした犯人に詰め寄る。
「気にするな」
涼しい顔で俺の抗議を聞き流すこいつは、誰あろうみことだった。
「いや、する! しまくる! なぜならここで注意しないとまたいつ何時このように首を絞められ死に瀕するか分からないから!」
「うるさい黙れ」
全く間違ったことを言ってないのだけれども、とても怖かったので簡単に黙る。
「そして金を出せ」
「はい」
依然怖かったので財布をそのまま渡す。犯罪の現場が今ここに。誰か助けて。
「……なんだ、これっぽっちしかないのか。まあいい」
「すいません」
俺の昼飯代を奪い、みことは涼しい顔のままパンを売るおばちゃんの元へ向かうと、数種類のパンを購入したようだった。俺の昼飯代で。
「来い」
お腹が空いたなあ、と悲しんでいると、みことが人の首をぐいっと握りながら来いと言うのでぐえええと返事をしたら怒られた。
購買を出て、中庭に向かう。今日はお日さまが照っていて丁度気持ちいい塩梅だ。……昼飯があるなら。
「ふむ、そこのベンチがいいな」
などと考えていると、とあるベンチの前でみことが立ち止まった。
「ここに座れ」
「はい」
ベンチに座り戦々恐々してると、みことは俺の隣に座り、先ほど買ったパンを袋から取り出した。
「おいしそうですね」
「とはいえ所詮は購買だ、過度な期待は酷だろう」
それでも食べられない身としては美味しそうだなあ、と思っていたら、何やら俺の方にパンを差し出したままみことが動かなくなった。
「?」
「……ん」
「ん?」
「ん!」
何が“ん”なのだろう。よく分からない子だなあ、という思いを込めてみことをじっと見てると、何かみこと内部で論争があったのだろう、みことの顔が何やら赤くなってきた。
「……あ、あーん」
それは想定外だ。
みことはパンの包装を解くと、あろうことかあーんを仕掛けてきた。それは男女仲がむつまじい関係のみにおける技だと聞いたが、友人間でもいいのだろうか。
「は、早くしろ、ばか。……あ、あーん」
「え、ええと。あ、あーん」
もちろん俺内部でも様々な議論が繰り広げられたが、この返事がベストと判断した次第でございますハイ。だってほら、女の子にあーんとかされたいし!
とか思ってたらパンを半分以上一気に口に詰められ呼吸困難に陥るサプライズを仕掛けられる。
「もがもがもが、ごくんっ! ……ふぅ。あのな、みこと。死ぬから。人は呼吸をしないと死ぬから」
どうにか咀嚼→嚥下の高難度のコンボを決め、みことに説教する。
「そ、それくらい私だって知っている! ちょっと入れる量を誤っただけだ」
「次は普通の量でお願いします」
「え、ええっ!? まだこの私にあーんをさせるつもりなのか!?」
「そもそもお前から始めた事じゃねえか。ていうか、そもそもで言うなら俺の金で買った飯だし」
「借りただけだ!」
「ええっ!? 俺はてっきり強奪したのだとばかり」
「……お前は私をなんだと思っているのだ」
「蛮族」
頬をつねられ痛い痛い。
「誰が蛮族だ、誰が! ……ちょっと財布を家に忘れただけだ。誰にでもあるだろう!?」
「それは誰にでもあるけど、購買で知り合いの首を絞めて財布を強奪することは誰にでもないぐえええ」
先ほどの再現フィルムを見ているかのような状況に陥る。
「ふん。ばか。ふん」
「拗ねるのは大変可愛らしいのでありがたいですが、首を絞めるのはやめていただきたい。死にますので」
「だっ、誰が可愛いかっ、誰がっ!」
「痛い痛い」
照れ隠しに殴ってくるのもまた可愛いですが、女性とは思えない膂力なので言うんじゃなかった。なんだその腰の入り方。
「うぅー……」
「人を殴ったうえに睨むな」
鼻血が出たのでティッシュを鼻に詰めながらみことをなだめる。
「と、とにかくだ。お金は借りただけだ。また後日ちゃんと返す」
「はぁ。それはいいが、今日の俺の飯はどうなるんでしょうか」
「だ、だから、最初にお前に渡そうとしたのに、お前はちっとも受け取らないから、あんなことする羽目に……!」
先ほどのあーんを思い出したのか、みことは赤くなりながら俺を睨んだ。
「あ、あー。あの時の“ん”はそういう意味だったのか。言ってくれないと」
「それくらい察しろ、馬鹿!」
「結果から言えば、馬鹿だったばかりにあーんしてもらって大満足です。ていうか、素朴な疑問なんだが、なんであーんを?」
「……そ、そうしないとお前の分のパンを受け取ってくれないと思ったんだ。お前は意地悪だから!」
「これはいいことを聞いた。そう、俺は超意地悪なので、あーんをしないとパンを食べないぞ」
「お前は悪魔か!?」
「人です」
「ううぅ……ど、どうしてもあーんをしないとダメか?」
「ダメではないが、一時間後に俺の席で即身仏が発見されると思う」
「一時間で餓死だと!? ……お前の消化器系はどうなっているのだ?」
信じるな。
「……わ、分かった。分かった! やってやる!」
「いや、やっぱいいや」
「なんだと!? この私が折角やる気になったというのに、どういうことだ!?」
「いや、ほら」
そう言うとほぼ同時に、チャイムが鳴った。
「というわけで、飯の時間は終了。教室に戻るぞ」
「……ダメだ」
「はい?」
「ダメだ! まだあーんしてない! やるぞ!」
何か妙なスイッチが入ったのか、みことは急にやる気を出して俺にあーんを強要した。
「え、いや、あの」
「ぱっぱとしたらすぐ終わる! やるぞ、ほら!」
「え、え、え?」
「……は、はい、あーん」
「え、あ。あーん」
訳も分からず口を開けてると、口の中にパンが入れられる。
「ど、どうだ? うまいか?」
「もぐもぐ……うまい」
「そ、そうか! うまいか!」
「じゃ、そういうわけなんで教室に」
「えと……はい。あーん」
「え」
「え、じゃなくて、あーんだ。ほら、あーん」
「いや、あの、みことさん。教室に戻らないと遅刻して」
「あーん、だ」
「……あーん」
またしてもパンが口の中にあーんな感じで入れられる。
「どうだ? うまいか? うまいだろう?」
「もぐもぐ……うまい。じゃあ教室に」
「はい、あーん」
どうして次弾が既に装填されているのだろうか。
「どうした? 早く口を開けないか」
「あの、あのな、みこと。早く教室へ行かないと遅刻して」
「ほら、あーん?」
「……あーん」
どうして小首を傾げる悪魔の誘いを断れようか。
まあ、そのような感じでパンを全部平らげていたら、そりゃ遅刻しますよ。それは分かるが、一緒に教室に入ってどうして俺だけ怒られるの。なんだよ普段の素行って。
「ちょっと女子の着替えを覗く程度ですよ!?」
そりゃ放課後に改めて教師集団に説教されますよ。
【ふみ なでてぇ】
2011年05月03日
昼。太陽が一番高い時間。そして同時に、一番暖かい時間帯。そして、最もダメな電波を受信しやすい時間帯のようで。
つまりどういうことかと言うと、なんか超なんかふみをなでたい! 性的な箇所ではなく! いや本当はそっちも興味津々(SINSIN)なのだけど、今日のところは普通に、こう、頭をなでなでしてえ!
だがしかし。いきなりふみを捕まえて頭をなでたりしたら良くて逮捕、悪くて収容されるだろう。作戦を練らねば……!
「おにーさん、おにーさん」
「ああ、ちょっと今俺は忙しくてな。悪いが後にしてくれ」
何やら横合いから人の服をくいくいと引っ張る者がいる。この忙しい時に構ってられないので、適当に流す。
「──ってえ今まさに俺がどうにかしようと考えている奴じゃないかってえっ!?」
まずふみが俺の家にいたことに驚き、次にふみの格好に驚いた。
「どどどどどうしたというのだこの有様は一体!?」
「にゃー」
なんかなんかふみが猫に! ふみねこに! 猫の格好をしていてお兄さんこれはもう死にますよ!?
「あ、触ったら通報します」
石になったかのように全身が硬直する。付き合いが長いのもあり、俺の弱点を心得ている様子。
「……ええと。ご用件は?」
居住まいを正し、ふみねこに訊ねる。
「お休み用の寝巻きを手に入れたので、わざわざおにーさんに見せに来てあげたんです。とても可愛いのです」
「それはとてもありがたい話だね」
「にゃー」
「あの、ふみさん。鳴かないでいただけると何かと助かります」
鳴かれる度に、ふみをなでたいという欲求が膨れ上がる故。
「にゃー。おにーさん。にゃー」
しかし、ふみは鳴くのをやめるどころかより一層鳴く数を増やした。
「ははーん。わざとだな?」
「にゃー。ちょこっとでも触ったら通報します。ふにゃー」
俺の忍耐で遊んでいる模様。これが本来の目的か。なんていい趣味してやがる。
「んしょっと。ごろごろごろ」
「気のせいか俺の膝に座ってごろごろ言ってやしませんか」
「私から触るのはおーけーなんです。おにーさんが触ると即座に通報されるシステムなんです」
「ふみは分からないかもしれないけど、この状態は想像以上に辛いんだよ?」
「ふにゅふにゅ」
ふみのあまりの可愛さに、背中に汗がにじんできた。今の俺なら地獄の責め苦にも耐えられるハズ。
「……あ」
「あ」
しかし、ふみの攻撃には耐えられなかったようで。気がつけば、俺の手はふみの頭をなでていた。
「げーむおーばーです、おにーさん」
「待って違う今のナシ! ワンモアチャンス!」
携帯を取り出しボタンを押そうとしているふみを必死で説得する。
「ダメです。チャンスは一回だけなんです」
ぴっぴっぴとボタンを押して、警察に……警察に?
「細かい作業は難しいみたいだな」
ふみの寝巻きはよく出来ており、ちゃんと手の部分は肉球仕様だった。触ってみるとぷにぷにして気持ちいい。
「う、うー。むぅ。おにーさん、私の代わりに押してください」
「なんで俺がわざわざ警察を呼ばなきゃいけねーんだ」
「自首すると罪が軽くなりますよ?」
「そもそもそんな重い罰を受ける覚えはない」
「人の身体をべたべた触った痴漢のくせに偉そうです」
「そこまで触ってねえ! 思わず頭をなでちゃっただけだ!」
「ふにゃー」
「そう、その鳴き声に触発されてね」(なでなで)
「罪状が増えましたね、おにーさん」
「もう泣きそうだよ」
「にゃあにゃあ」
「そっちの鳴くじゃなくて」(なでなで)
「そろそろ死刑も視野に入ってきましたよ、おにーさん」
「こんなのってないよ」
「ふわあ……じゃ、満足したので寝ます」
「ええっ!?」
「寝巻きを着てる時は寝る時と相場が決まってます」
「いや、そうだけど……え?」
「お休みなさい、おにーさん」
「え、あ、うん。……え?」
人のベッドで勝手に寝る猫の人。本当の本当の目的は、昼寝しにきた様子。
「なんて勝手な奴だ……」
ベッドで眠るふみに近づき、ほっぺをなでる。何もしてないのに超疲れた。
「んー。こそばゆいです、おにーさん」
「それくらい我慢しろ」
「今日もおにーさんは悪辣です」
「お前に言われるとは思わなかった」
「酷い言い草です」
ベッドの端に腰掛け、ふみのほっぺを触りながら夕方近くまでぐだぐだと話してた。何もしてない休日だったけど、とても楽しかった。
つまりどういうことかと言うと、なんか超なんかふみをなでたい! 性的な箇所ではなく! いや本当はそっちも興味津々(SINSIN)なのだけど、今日のところは普通に、こう、頭をなでなでしてえ!
だがしかし。いきなりふみを捕まえて頭をなでたりしたら良くて逮捕、悪くて収容されるだろう。作戦を練らねば……!
「おにーさん、おにーさん」
「ああ、ちょっと今俺は忙しくてな。悪いが後にしてくれ」
何やら横合いから人の服をくいくいと引っ張る者がいる。この忙しい時に構ってられないので、適当に流す。
「──ってえ今まさに俺がどうにかしようと考えている奴じゃないかってえっ!?」
まずふみが俺の家にいたことに驚き、次にふみの格好に驚いた。
「どどどどどうしたというのだこの有様は一体!?」
「にゃー」
なんかなんかふみが猫に! ふみねこに! 猫の格好をしていてお兄さんこれはもう死にますよ!?
「あ、触ったら通報します」
石になったかのように全身が硬直する。付き合いが長いのもあり、俺の弱点を心得ている様子。
「……ええと。ご用件は?」
居住まいを正し、ふみねこに訊ねる。
「お休み用の寝巻きを手に入れたので、わざわざおにーさんに見せに来てあげたんです。とても可愛いのです」
「それはとてもありがたい話だね」
「にゃー」
「あの、ふみさん。鳴かないでいただけると何かと助かります」
鳴かれる度に、ふみをなでたいという欲求が膨れ上がる故。
「にゃー。おにーさん。にゃー」
しかし、ふみは鳴くのをやめるどころかより一層鳴く数を増やした。
「ははーん。わざとだな?」
「にゃー。ちょこっとでも触ったら通報します。ふにゃー」
俺の忍耐で遊んでいる模様。これが本来の目的か。なんていい趣味してやがる。
「んしょっと。ごろごろごろ」
「気のせいか俺の膝に座ってごろごろ言ってやしませんか」
「私から触るのはおーけーなんです。おにーさんが触ると即座に通報されるシステムなんです」
「ふみは分からないかもしれないけど、この状態は想像以上に辛いんだよ?」
「ふにゅふにゅ」
ふみのあまりの可愛さに、背中に汗がにじんできた。今の俺なら地獄の責め苦にも耐えられるハズ。
「……あ」
「あ」
しかし、ふみの攻撃には耐えられなかったようで。気がつけば、俺の手はふみの頭をなでていた。
「げーむおーばーです、おにーさん」
「待って違う今のナシ! ワンモアチャンス!」
携帯を取り出しボタンを押そうとしているふみを必死で説得する。
「ダメです。チャンスは一回だけなんです」
ぴっぴっぴとボタンを押して、警察に……警察に?
「細かい作業は難しいみたいだな」
ふみの寝巻きはよく出来ており、ちゃんと手の部分は肉球仕様だった。触ってみるとぷにぷにして気持ちいい。
「う、うー。むぅ。おにーさん、私の代わりに押してください」
「なんで俺がわざわざ警察を呼ばなきゃいけねーんだ」
「自首すると罪が軽くなりますよ?」
「そもそもそんな重い罰を受ける覚えはない」
「人の身体をべたべた触った痴漢のくせに偉そうです」
「そこまで触ってねえ! 思わず頭をなでちゃっただけだ!」
「ふにゃー」
「そう、その鳴き声に触発されてね」(なでなで)
「罪状が増えましたね、おにーさん」
「もう泣きそうだよ」
「にゃあにゃあ」
「そっちの鳴くじゃなくて」(なでなで)
「そろそろ死刑も視野に入ってきましたよ、おにーさん」
「こんなのってないよ」
「ふわあ……じゃ、満足したので寝ます」
「ええっ!?」
「寝巻きを着てる時は寝る時と相場が決まってます」
「いや、そうだけど……え?」
「お休みなさい、おにーさん」
「え、あ、うん。……え?」
人のベッドで勝手に寝る猫の人。本当の本当の目的は、昼寝しにきた様子。
「なんて勝手な奴だ……」
ベッドで眠るふみに近づき、ほっぺをなでる。何もしてないのに超疲れた。
「んー。こそばゆいです、おにーさん」
「それくらい我慢しろ」
「今日もおにーさんは悪辣です」
「お前に言われるとは思わなかった」
「酷い言い草です」
ベッドの端に腰掛け、ふみのほっぺを触りながら夕方近くまでぐだぐだと話してた。何もしてない休日だったけど、とても楽しかった。
【ツンデレ妖狐2】
2011年05月02日
前回、妖狐を騙くらかして使役することになった俺。すごいぞ俺。そんな俺が今妖狐と一緒にゆっくりと空から地面に落下中です。
「ところでご主人さま、どうやってワシの封印された土地まで来たのかや? さっき言ってた、わ、わーぷとかいう装置かや?」
「だからそれは嘘だって言ってるだろうが駄狐。一回で覚えろ駄狐。胸が小さいぞ駄狐」
「駄狐じゃないのじゃ! ……あ、あと、最後のは余計なのじゃ!」
「人間形態になれるなら体つきなんて思いのままだろうに、ダ・フォックス」
「言い方を変えても一緒なのじゃ! ……体つきは、その、何回変身しても胸の大きさが変わらんのじゃ。呪われとるのかの?」
「安心しろ、俺の好みは貧乳だ。もし嫌なら、あとで死ぬほど揉んで大きくしてやる」
「未来は地獄しかないのじゃあー……」
俺のフィンガーテクを想像し、絶望に顔を伏せる駄狐だった。
「で、さっきの質問に答えるが、なんか地面が突然ぴきぴきどかーんって割れて落ちたんだ。その結果頭の悪い狐に見つかり、空中散歩する羽目になってるんだ」
「契約してなかったら絶対に噛み殺してるのじゃ!」
「そいつぁ剣呑」(なでなで)
「ちっとも思ってないのじゃあ! なぜならニコニコ笑いながらワシの頭をなでてるから!」
「頭の悪さはともかくとして、何やら妙に可愛いので頭をなでたくてしょうがないんだ」
「迷惑なことこの上ないのじゃ!」
そんな無限のフロンティアな感じでふわふわ落下してると、駄狐が下を見て何かに気づいたようだ。
「ぬ? ご主人さま、下で何か騒動が起きとるのじゃ」
「あー……突然巨大な狐が地下から飛んできたと思ったら、空中で人間になって落ちてくるんだもんな。そりゃ騒ぐわな」
どうやって言い訳しようか考えてたら、妖狐はぷるぷると首を横に振った。
「違うのじゃ、この周辺に結界を張っておったのでそれは大丈夫なのじゃが、そういうのじゃなくて……これは、何かと戦っておる声じゃ」
「うん?」
下に視線を向ける。地面はまだ遠く、俺の目では未だ何も見えない。
「見えん。騙したな。後で死ぬほど犯す」
「ちがっ、違うのじゃ!? 騙してなんかないのじゃ! ワシの耳はしっかと剣戟の音を捉えているのじゃ!」
「剣戟ぃ? この現代日本で? 何を言ってるのだ、この駄狐は」
「だから、駄狐ではないのじゃあ! 本当なのじゃ、人間が剣を振るい、……ぬ?」
ぴょこ、と妖狐の頭から狐耳が飛び出した。慌ててその耳をさわさわする。
「ふひゃあっ!? 違う、違うのじゃ! ご主人さまに触らせるために出したんじゃないのじゃあ!」
「柔らかくて暖かくていいなあ!」(ふにふに)
「ううううう……あ、後で、後でじゃ。後でなら特別に触らせてあげるのじゃ」
「いや、気にしないでいいから」
「気にしないとかじゃなくて今は触っちゃいかんと言っとるのじゃ! ご主人さまじゃから我慢するが、これがただの人間なら今頃ワシの滋養になってるのじゃよ?」
「耳から消化液を出すのか。妖怪というより植物じみてるな」
「そーゆー意味じゃないのじゃ! ぱくって食べちゃうぞっていうのを怖く言ったのじゃ! がおー!」
妖狐は両手をあげ、威嚇(?)した。
「怖くないです。むしろ愛らしいです」(なでなで)
「ううううう……妖怪の威厳台無しなのじゃあ……」
「で、がっかり狐。剣戟がどうとか言ってたけど、どうなってんだ?」
「あっ、そう、そうなのじゃ! 下で戦ってるのは、人間と……妖怪なのじゃ!」
「はぁ? この現代日本で妖怪とか何言ってんだ」
「いやいや、いやいやいや。ワシ、妖怪じゃし」
「そういや駄狐属のダ・フォックスだったな。コンゴトモヨロシク」
「妖狐なのじゃっ! 駄狐属とかじゃないのじゃッ! 歳経た狐の偉い偉ーい変化なのじゃあッ!」
「そう興奮するな。落ち着け」(なでなで)
「誰のせいじゃと……と、とにかくなのじゃ。下で妖怪と人間が戦っておるのじゃ。どうするのじゃ、ご主人さま?」
「どう、って?」
「見なかったことにするか、どちらかに加勢するか、じゃ」
すっ、と妖狐の目が細まる。まるで俺の全てを見透かすかのような視線に、尻の据わりが悪くなる。
「でもよく考えたらコイツ割と馬鹿だから大丈夫か」
「なんか悪口言われた!?」
泣きそうになってる妖狐を横目に見つつ、考える。……つか、まあ、考えるまでもないか。
「知ってしまった以上、見なかったことにはしない。状況を把握してからどちらかに加勢する」
「……人間に加勢せんのかえ?」
すごく意外そうに妖狐は訊ねた。
「人間全てが善で、妖怪全てが悪だなんて分かりやすい設定ならいいが、そんな簡単な話はないだろうしな。ひょっとしたらお前みたいに話ができる妖怪かもしれないし、話せるなら機会を持ちたい」
「…………」
「ん? どうしたダ・フォックス」
「べっ、別になんでもないのじゃ。びっくりなんてしてないのじゃ。感心なんてしてないのじゃ!」
「いや、知らん」
「うう~……と、とにかく急いで下まで行くのじゃ」
そう言った途端、俺達の落下スピードが増した。ぐんぐん地面が近づいてきて、気分はヒモなしバンジー。
「いや気分どころかこの駄妖怪の駄妖術がなければ実際ヒモなしバンジーになるんだよな」
「……妖術、解いちゃろか」
「ダメです。命令」
「ううううう……いつか絶対に契約を白紙にしてやるのじゃーっ!」
妖狐の叫びと同時に、落下速度が一気に減速した。どうやら地面に到着したようだ。地面に降り立つ。
「おー……地面がある。地面を踏めるって素敵」
「それよりご主人さま、早くあそこへ!」
人が小粋なタップダンスを披露しているというのに、妖狐が俺の服の裾を引っ張って屋内へ引っ張り込もうとする。さっき見た幽霊屋敷じゃないか。
「ここで戦ってるのか?」
俺にはいくら耳をすましても剣戟どころか人の声ひとつしないが。
「結界が張ってあるから普通の人間には聞こえないのじゃ。ワシくらいすごい妖怪じゃと聞こえるがの」
「ふーん。じゃ、ま、とりあえず入ってみるか」
「それがいいのじゃ。ご主人さまが一番、ワシが二番なのじゃ」
俺の後ろに回りこみ、ぐいぐいと人を押す妖狐。
「分かった、俺に任せろ。それはそうと、もしここで俺が死んだらお前は余生をアカ舐めとして過ごせ。命令」
「ご主人さまはワシが絶対に守るのじゃっ!」
ヤケクソ気味に叫びながら妖狐はズンドコ屋敷の中へ入っていった。俺も後に続く。
屋内は薄暗く、奥の方がどうなっているかよく分からなかった。というか、それ以前にしめ縄がそこらじゅうに張り巡らせられており、部外者を立ち入らせないようにしてあった。
「ご主人さま、これは結界じゃ。これで妖怪を閉じ込めておるんじゃろうな。まあ、ワシくらいの大妖じゃと、この程度の結界なぞ存在せぬも同義じゃがの」
「ふーん」
特に気にせず中に入ろうとしめ縄を潜ろうと縄を掴んだら、バビっときた!
「おおおうっ!?」
「ごっ、ご主人さまっ!? ダメじゃ、いま死んではワシがアカ舐めになってしまう! 死ぬなら後でーっ!」
「死んでねぇよ……」
心配顔で寄ってきた妖狐のほっぺをぐにーっと引っ張る。
「ふひゃーっ!?」
「あー……ビリビリきた。これが結界か」
身体からちょっと煙出たぞ。怖。
「ふひゃひゃ……ふにっ。そう、これが結界なのじゃ。ご主人さま程度では到底破ることなぞできんのじゃ」
「後で乳首もげるくらい吸ってやる」
「べっ、別にご主人さまだけがダメダメなのではなく、普通の人間には無理って話なのじゃよ!? じゃ、じゃから、そのお仕置きはする必要ないのじゃよ?」
「じゃあ、もげない程度に吸う」
「吸ってはダメなのじゃあーっ!」
真っ赤な顔でぺちぺち叩かれた。そこまで嫌がられては断念するしかないだろう。無念。
「ううう……ご主人さまはえっちなのじゃ。えっちなのじゃ」
「ごめんね。切り取ってから吸うね」
「ご主人さまは猟奇殺人者!?」
奥様は魔女ではなく、ご主人様は猟奇殺人者か。……どうあがいてもホラー。
「どうでもいい。ていうか、冗談だ。だからそんな震えるな駄狐。着信でもしたのか」
「そんなの冗談かどうかワシには分かんないのじゃっ! そりゃ怖くて震えもするわっ! ちゃくしんってなんなのじゃ!? また怖い話かや!?」
なんかふがふがうるさかったので、頭をなでて大人しくさせてみる。
「ううう……うふー」
大人しくなった。この狐思ったよりも簡単で素敵。
「うう……ご主人さまはすぐにワシの頭をなでるのじゃ」
「女の子の頭をなでると興奮するんだ」
「真顔で何を言っとるんじゃご主人さま!?」
「んなことより、この結界を破ってくれ。とっとと奥に行くぞ」
「わ、分かったのじゃ。あまり焦らすでない」
妖狐は縄を掴むと、いとも容易く引き千切った。
「結構ぶっとい縄だったが……すげぇな。さすが妖怪」
「ふふん。すごいじゃろ、すごいじゃろ? もっと褒めたたえてもよいぞよふがー!?」
偉そうだったのでほっぺを引っ張ってると、突如屋敷の奥から轟音が響き、それと同時に爆風が俺達を襲う。
「うぉぉぉ!? 何、何!?」
「わきゅあ!?」
吹き飛ばされまいと夢中で目の前の物体にしがみつく。むぅ、この物体は柔らかいな。
「ご、ご主人さま!? な、なんで抱きついてるかや?」
「ん、おお」
目の前の物体と言ったら、俺がついさっきまでほっぺ引っ張ってた妖狐しかいないわけで。その物体に抱きつくということは、つまりそういうことで。
「いやはや、柔らかい」(ふにふに)
「な、何を改めて抱っこしなおしておるかや!? こら、背中をさすさすするな、頭をなでるでない! 頬擦りするなあーっ!」
叱られたので、渋々妖狐から離れる。
「はあ、残念無念。んーで、妖狐さんや。さっきの爆風はなんだったんだ?」
「正しい手順を踏まずに結界を力技で破ったため、中に溜まっていた霊気が一気に解放されたようじゃな」
「全体的に胡散臭ぇ。なんだ、霊気って」
「そ、そんなこと言われても本当なんじゃからしょうがないのじゃ! 存在するものは存在するとしか言えないのじゃ!」
「んー……まあ、目の前の胡散臭い生物がわにゃわにゃ喋ってる時点で“そういうものは存在する”とするしかないか」
「酷い言い草なのじゃあー……ワシ、すっごく偉い妖怪なのに……なんでこんなことになってるのじゃあー……」
悲しそうだったので、頭をなでてあげる。
「うぅー……そ、それでご主人さま、結界を破ったが、どうするのじゃ?」
「そりゃ、行くしかないだろ」
つーわけで、一人と一匹が屋敷の奥へ突き進む。奥へ進むにつれ、先ほど妖狐の言っていた剣戟とやらの音も聞こえてきた。
「カキーンとかコキーンとか言ってるな。かっくいいな!」
「なんと暢気な……恐らく、この先では命のやりとりをしておる。当然、その覚悟はしておるんじゃろうな?」
「してない! 死ぬの怖い!」
「全力で胸を張っておる!?」
「だから全力で俺を守れ」
「なんと情けないご主人さまなのじゃあ……」
「あ、だけど、優先順位は自分自身な。俺とお前が同時に命の危機にさらされてるなら、自分の身の安全を優先しろ」
「……何を言っとるかや? 突然善人でも気取りたくなったかや?」
さも馬鹿にした様子で、妖狐は俺を見た。
「そうなんだ。善人気取るの超好き」
「うっ……そ、そうかや。それならワシも好都合じゃ!」
自分で言っておいて、申し訳なさそうな顔をするな。
そうこうしているうちに、大広間に出た。そこに、長剣を持った学生服の男性と、小さな紙を持ったこれまた学生服の女性、それに、身の丈10mもありそうな巨大なムカデがいた。
「怖っ! えっ、ムカデ!? 長っ!」
俺のあんまりな叫びでこちらに気づいたのか、ムカデの巨大な二つの目がこちらを向いた。
「えっ、なんで人が!?」
そして、その巨大ムカデと戦っていたらしき男性と、その傍らにいる女性もこちらに振り向いた。
「ああ、いや、その、こんばんは?」
「何を暢気にこんばんはって言ってるかや!? 来たぞよ!」
「お?」
妖狐の声と巨大ムカデが涎を撒き散らしながらこちらに踊りかかってくるのは、ほぼ同時だった。いかん、食われる。
「……まったく、なんと手のかかるご主人さまじゃ」
諦めかけたその時、俺の目の前に立ちふさがる小さな影。妖狐がその手の平に小さな結界のようなものを張り、巨大ムカデから守ってくれたようだ。
「おおおおおっ! 偉いぞ妖狐! 凄いぞ妖狐! ようこそようこ!」
「イマイチ褒められてる気がしないのじゃあ! ……それはともかく、そこな虫。ワシに手を出すとは、それなりの覚悟があってのことじゃろうな?」
妖狐から凄味が立ち昇る。背中がぞわぞわする。毛穴が開く。怖い。俺の目の前にいるこいつは、本当にさっき俺にほっぺつねられて半泣きになってた奴か?
「ふんっ」
軽く気を込める。ただそれだけで、巨大ムカデがゴムマリのように何度も弾みながら奥へ吹き飛んでいった。
「まったく……体力だけはあるのぉ。面倒な話じゃ」
その程度じゃ堪えないのか、巨大ムカデは頭を振ってこちらを威嚇している。
「な、何なの、あなたたち?」
「ここは結界で封じていたはずなのに……」
先にムカデと戦っていた男女が、当然の疑問を口にした。
「いや、なんつーか、普通の高校生と異常な駄狐(奴隷)のコンビです」
「異常じゃないし、駄狐でもないし、奴隷では絶対にないのじゃあっ! 偉い偉ーい妖狐なのじゃあっ!」
「ああ、こいつぁ失礼。奴隷じゃなくてメイドだったな。はっはっは」
「なんか分かんないけど、たぶんえっちな肩書きなのじゃあ!」
先ほどの恐怖を紛らわすように、軽口を叩く。……いや、うん。大丈夫。可愛い可愛い。そう思いながら、妖狐の頭をぐじぐじとなでる。
「ぬぅー……」
ちょっと不満げな妖狐だった。
「よ、よく分からないけど……ここは危険だ。僕たちに任せて、君達は外へ避難して!」
男性の言葉に、隣の女性もうなずく。
「危険? あの程度の変化を相手に危険などとぬかす貴様らに任せる方が、よっぽど危なそうじゃがのう?」
傲岸不遜を顔に浮かべ、妖狐が口を歪める。助けてくれたのはありがたいが、その口ぶりはどうかなあ。
「あんまり偉そうなこと言ってると、この二人の前で犯すという羞恥プレイを実行する」
「っ!? あ、あの、あののの? ワシが貴様らの代わりにあの虫を倒してやるのじゃって言いたかっただけなのじゃよ?」
こちらをちらちら見ながら、妖狐はあわあわしながら言った。あまりの変わりように、男女は俺の顔を不思議そうに見た。
「ああ、ええと。なんというか、こいつは俺の従者みたいなもんだから、俺の目の黒い内は悪いことさせないから大丈夫だ。代わりに俺が悪いことする」
「なんでご主人さまが悪いことするかや!? ていうか今まさにしておる! やめぬか、たわけ!」
妖狐のお尻をさわさわしたら手をがぶがぶ噛まれた。痛い。
「もういいからワシがあの変化を始末するまでじっとしておるのじゃ!」
「任せろ、得意だ」
何やら胡散臭げに俺を見た後、妖狐は巨大ムカデに向き直った。
「うぅー……このイライラは全部貴様にぶつけてやるわ。ワシの近くで暴れた己を恨むがいいわっ!」
妖狐の叫びと共に、お尻から尾が複数生えた。
「えっ!? まさか……伝説の九尾!?」
それを見て、先に戦ってた女性が驚きの声をあげる。……有名なのか、コイツ?
「死ねいッ!」
妖狐の身体が青白い光に包まれる。片手をムカデに向け、そう叫ぶと同時に妖狐を覆っていた光は一筋の雷となってムカデを貫いた。
耳をつんざくムカデの声。たった一撃で、ムカデは全身を焼かれてムカデだったものになった。
「ふん。今の変化は脆弱じゃの」
そう吐き捨てると、妖狐のしっぽは小さくなって元の場所に収納された。
「ふーむ、収納機能つきか。便利な物件だなあ」
「なんで戦い終わったワシをねぎらいもせず、お尻を触っとるかや!?」
不思議だったので妖狐の尻をさわさわして調べたら、びっくりされた。
「ああ、気にするな」
「無茶を言ってはいけないのじゃあ! すごく気にするのじゃ! ワシのお尻じゃよ!?」
「大丈夫、えろい意味で触っているのではないから安心しろ。ただ、女性経験のなさが響き、こうして喋ってる間に既にえろい気分になってしまったから気をつけろ」
「がぶー!!!」
頭をかじられたので尻を触るのはやめる。
「あ、あの……」
「はい?」
背中によじ登られてがじがじ噛まれてると、横合いから話しかけられた。先ほどの男女が俺たちを見ている。
「ちょっと、僕たちと一緒に来てくれないかな?」
そう俺に言いながらも、視線はやや上方、俺をかじってる妖狐の方を向いている。
「その……君の使役してるその妖怪についても話を聞きたいし」
これは面倒なことになった。そういうの超苦手なんだけど。
「君達がここにいるってことは、結界が破れちゃったんだろう。騒ぎを聞きつけて人が集まってくるかもしれないから、僕たちと一緒に来た方がいいと思うよ?」
人のよさそうな笑みを浮かべる男性。俺とは正反対に、なんとも人が良さそうな雰囲気がにじみ出ていた。
「あぐあぐ……どうするかや、ご主人さま? この人間どもと一緒に行くかや?」
俺を噛みながら訊ねる妖狐。
「んー……うん。分かった、行く」
ここに残ってたら警察に見つかり、面倒なことになるのは想像に難くない。だったらまだコイツらについていく方がマシだろう。
「あ、それはいいけど、あのムカデはどうするんだ? 放って置いたらマズくないか?」
「それなら、私達の仲間が処理してくれるから大丈夫よ」
女性が俺の疑問に答えてくれた。仲間、ね。何らかの組織に属してるのだろう。
家の裏口からそっと抜け出し、向かった先は近所の学園だった。
「……って、ここ俺の通ってる学校じゃねえか!」
「あら、そうなの? 奇遇ね」
女性の笑みに、嫌な予感しか浮かばなかった。学校に入り、部活棟へ向かう。その奥の一室に、明らかに雰囲気が違う場所がある。
「ここが私たちの部室よ」
ドアの上にかかったプレートには、『妖滅部』と書いてあった。
「妖狐滅殺部か。ピンポイントで狙われてるな、妖狐」
「んなこと書いてないのじゃ! ……ぴんぽいんとってなんじゃの?」
「そのネタ飽きた」
「また分かんない言葉が出たのじゃ! ワシに分かる言葉で言うのじゃあ!」
「はいはい」
「適当にあしらってはダメなのじゃ、ご主人さま!」
わきゃわきゃ言ってる妖狐と一緒に室内に入る俺たち一行だった。
続く
「ところでご主人さま、どうやってワシの封印された土地まで来たのかや? さっき言ってた、わ、わーぷとかいう装置かや?」
「だからそれは嘘だって言ってるだろうが駄狐。一回で覚えろ駄狐。胸が小さいぞ駄狐」
「駄狐じゃないのじゃ! ……あ、あと、最後のは余計なのじゃ!」
「人間形態になれるなら体つきなんて思いのままだろうに、ダ・フォックス」
「言い方を変えても一緒なのじゃ! ……体つきは、その、何回変身しても胸の大きさが変わらんのじゃ。呪われとるのかの?」
「安心しろ、俺の好みは貧乳だ。もし嫌なら、あとで死ぬほど揉んで大きくしてやる」
「未来は地獄しかないのじゃあー……」
俺のフィンガーテクを想像し、絶望に顔を伏せる駄狐だった。
「で、さっきの質問に答えるが、なんか地面が突然ぴきぴきどかーんって割れて落ちたんだ。その結果頭の悪い狐に見つかり、空中散歩する羽目になってるんだ」
「契約してなかったら絶対に噛み殺してるのじゃ!」
「そいつぁ剣呑」(なでなで)
「ちっとも思ってないのじゃあ! なぜならニコニコ笑いながらワシの頭をなでてるから!」
「頭の悪さはともかくとして、何やら妙に可愛いので頭をなでたくてしょうがないんだ」
「迷惑なことこの上ないのじゃ!」
そんな無限のフロンティアな感じでふわふわ落下してると、駄狐が下を見て何かに気づいたようだ。
「ぬ? ご主人さま、下で何か騒動が起きとるのじゃ」
「あー……突然巨大な狐が地下から飛んできたと思ったら、空中で人間になって落ちてくるんだもんな。そりゃ騒ぐわな」
どうやって言い訳しようか考えてたら、妖狐はぷるぷると首を横に振った。
「違うのじゃ、この周辺に結界を張っておったのでそれは大丈夫なのじゃが、そういうのじゃなくて……これは、何かと戦っておる声じゃ」
「うん?」
下に視線を向ける。地面はまだ遠く、俺の目では未だ何も見えない。
「見えん。騙したな。後で死ぬほど犯す」
「ちがっ、違うのじゃ!? 騙してなんかないのじゃ! ワシの耳はしっかと剣戟の音を捉えているのじゃ!」
「剣戟ぃ? この現代日本で? 何を言ってるのだ、この駄狐は」
「だから、駄狐ではないのじゃあ! 本当なのじゃ、人間が剣を振るい、……ぬ?」
ぴょこ、と妖狐の頭から狐耳が飛び出した。慌ててその耳をさわさわする。
「ふひゃあっ!? 違う、違うのじゃ! ご主人さまに触らせるために出したんじゃないのじゃあ!」
「柔らかくて暖かくていいなあ!」(ふにふに)
「ううううう……あ、後で、後でじゃ。後でなら特別に触らせてあげるのじゃ」
「いや、気にしないでいいから」
「気にしないとかじゃなくて今は触っちゃいかんと言っとるのじゃ! ご主人さまじゃから我慢するが、これがただの人間なら今頃ワシの滋養になってるのじゃよ?」
「耳から消化液を出すのか。妖怪というより植物じみてるな」
「そーゆー意味じゃないのじゃ! ぱくって食べちゃうぞっていうのを怖く言ったのじゃ! がおー!」
妖狐は両手をあげ、威嚇(?)した。
「怖くないです。むしろ愛らしいです」(なでなで)
「ううううう……妖怪の威厳台無しなのじゃあ……」
「で、がっかり狐。剣戟がどうとか言ってたけど、どうなってんだ?」
「あっ、そう、そうなのじゃ! 下で戦ってるのは、人間と……妖怪なのじゃ!」
「はぁ? この現代日本で妖怪とか何言ってんだ」
「いやいや、いやいやいや。ワシ、妖怪じゃし」
「そういや駄狐属のダ・フォックスだったな。コンゴトモヨロシク」
「妖狐なのじゃっ! 駄狐属とかじゃないのじゃッ! 歳経た狐の偉い偉ーい変化なのじゃあッ!」
「そう興奮するな。落ち着け」(なでなで)
「誰のせいじゃと……と、とにかくなのじゃ。下で妖怪と人間が戦っておるのじゃ。どうするのじゃ、ご主人さま?」
「どう、って?」
「見なかったことにするか、どちらかに加勢するか、じゃ」
すっ、と妖狐の目が細まる。まるで俺の全てを見透かすかのような視線に、尻の据わりが悪くなる。
「でもよく考えたらコイツ割と馬鹿だから大丈夫か」
「なんか悪口言われた!?」
泣きそうになってる妖狐を横目に見つつ、考える。……つか、まあ、考えるまでもないか。
「知ってしまった以上、見なかったことにはしない。状況を把握してからどちらかに加勢する」
「……人間に加勢せんのかえ?」
すごく意外そうに妖狐は訊ねた。
「人間全てが善で、妖怪全てが悪だなんて分かりやすい設定ならいいが、そんな簡単な話はないだろうしな。ひょっとしたらお前みたいに話ができる妖怪かもしれないし、話せるなら機会を持ちたい」
「…………」
「ん? どうしたダ・フォックス」
「べっ、別になんでもないのじゃ。びっくりなんてしてないのじゃ。感心なんてしてないのじゃ!」
「いや、知らん」
「うう~……と、とにかく急いで下まで行くのじゃ」
そう言った途端、俺達の落下スピードが増した。ぐんぐん地面が近づいてきて、気分はヒモなしバンジー。
「いや気分どころかこの駄妖怪の駄妖術がなければ実際ヒモなしバンジーになるんだよな」
「……妖術、解いちゃろか」
「ダメです。命令」
「ううううう……いつか絶対に契約を白紙にしてやるのじゃーっ!」
妖狐の叫びと同時に、落下速度が一気に減速した。どうやら地面に到着したようだ。地面に降り立つ。
「おー……地面がある。地面を踏めるって素敵」
「それよりご主人さま、早くあそこへ!」
人が小粋なタップダンスを披露しているというのに、妖狐が俺の服の裾を引っ張って屋内へ引っ張り込もうとする。さっき見た幽霊屋敷じゃないか。
「ここで戦ってるのか?」
俺にはいくら耳をすましても剣戟どころか人の声ひとつしないが。
「結界が張ってあるから普通の人間には聞こえないのじゃ。ワシくらいすごい妖怪じゃと聞こえるがの」
「ふーん。じゃ、ま、とりあえず入ってみるか」
「それがいいのじゃ。ご主人さまが一番、ワシが二番なのじゃ」
俺の後ろに回りこみ、ぐいぐいと人を押す妖狐。
「分かった、俺に任せろ。それはそうと、もしここで俺が死んだらお前は余生をアカ舐めとして過ごせ。命令」
「ご主人さまはワシが絶対に守るのじゃっ!」
ヤケクソ気味に叫びながら妖狐はズンドコ屋敷の中へ入っていった。俺も後に続く。
屋内は薄暗く、奥の方がどうなっているかよく分からなかった。というか、それ以前にしめ縄がそこらじゅうに張り巡らせられており、部外者を立ち入らせないようにしてあった。
「ご主人さま、これは結界じゃ。これで妖怪を閉じ込めておるんじゃろうな。まあ、ワシくらいの大妖じゃと、この程度の結界なぞ存在せぬも同義じゃがの」
「ふーん」
特に気にせず中に入ろうとしめ縄を潜ろうと縄を掴んだら、バビっときた!
「おおおうっ!?」
「ごっ、ご主人さまっ!? ダメじゃ、いま死んではワシがアカ舐めになってしまう! 死ぬなら後でーっ!」
「死んでねぇよ……」
心配顔で寄ってきた妖狐のほっぺをぐにーっと引っ張る。
「ふひゃーっ!?」
「あー……ビリビリきた。これが結界か」
身体からちょっと煙出たぞ。怖。
「ふひゃひゃ……ふにっ。そう、これが結界なのじゃ。ご主人さま程度では到底破ることなぞできんのじゃ」
「後で乳首もげるくらい吸ってやる」
「べっ、別にご主人さまだけがダメダメなのではなく、普通の人間には無理って話なのじゃよ!? じゃ、じゃから、そのお仕置きはする必要ないのじゃよ?」
「じゃあ、もげない程度に吸う」
「吸ってはダメなのじゃあーっ!」
真っ赤な顔でぺちぺち叩かれた。そこまで嫌がられては断念するしかないだろう。無念。
「ううう……ご主人さまはえっちなのじゃ。えっちなのじゃ」
「ごめんね。切り取ってから吸うね」
「ご主人さまは猟奇殺人者!?」
奥様は魔女ではなく、ご主人様は猟奇殺人者か。……どうあがいてもホラー。
「どうでもいい。ていうか、冗談だ。だからそんな震えるな駄狐。着信でもしたのか」
「そんなの冗談かどうかワシには分かんないのじゃっ! そりゃ怖くて震えもするわっ! ちゃくしんってなんなのじゃ!? また怖い話かや!?」
なんかふがふがうるさかったので、頭をなでて大人しくさせてみる。
「ううう……うふー」
大人しくなった。この狐思ったよりも簡単で素敵。
「うう……ご主人さまはすぐにワシの頭をなでるのじゃ」
「女の子の頭をなでると興奮するんだ」
「真顔で何を言っとるんじゃご主人さま!?」
「んなことより、この結界を破ってくれ。とっとと奥に行くぞ」
「わ、分かったのじゃ。あまり焦らすでない」
妖狐は縄を掴むと、いとも容易く引き千切った。
「結構ぶっとい縄だったが……すげぇな。さすが妖怪」
「ふふん。すごいじゃろ、すごいじゃろ? もっと褒めたたえてもよいぞよふがー!?」
偉そうだったのでほっぺを引っ張ってると、突如屋敷の奥から轟音が響き、それと同時に爆風が俺達を襲う。
「うぉぉぉ!? 何、何!?」
「わきゅあ!?」
吹き飛ばされまいと夢中で目の前の物体にしがみつく。むぅ、この物体は柔らかいな。
「ご、ご主人さま!? な、なんで抱きついてるかや?」
「ん、おお」
目の前の物体と言ったら、俺がついさっきまでほっぺ引っ張ってた妖狐しかいないわけで。その物体に抱きつくということは、つまりそういうことで。
「いやはや、柔らかい」(ふにふに)
「な、何を改めて抱っこしなおしておるかや!? こら、背中をさすさすするな、頭をなでるでない! 頬擦りするなあーっ!」
叱られたので、渋々妖狐から離れる。
「はあ、残念無念。んーで、妖狐さんや。さっきの爆風はなんだったんだ?」
「正しい手順を踏まずに結界を力技で破ったため、中に溜まっていた霊気が一気に解放されたようじゃな」
「全体的に胡散臭ぇ。なんだ、霊気って」
「そ、そんなこと言われても本当なんじゃからしょうがないのじゃ! 存在するものは存在するとしか言えないのじゃ!」
「んー……まあ、目の前の胡散臭い生物がわにゃわにゃ喋ってる時点で“そういうものは存在する”とするしかないか」
「酷い言い草なのじゃあー……ワシ、すっごく偉い妖怪なのに……なんでこんなことになってるのじゃあー……」
悲しそうだったので、頭をなでてあげる。
「うぅー……そ、それでご主人さま、結界を破ったが、どうするのじゃ?」
「そりゃ、行くしかないだろ」
つーわけで、一人と一匹が屋敷の奥へ突き進む。奥へ進むにつれ、先ほど妖狐の言っていた剣戟とやらの音も聞こえてきた。
「カキーンとかコキーンとか言ってるな。かっくいいな!」
「なんと暢気な……恐らく、この先では命のやりとりをしておる。当然、その覚悟はしておるんじゃろうな?」
「してない! 死ぬの怖い!」
「全力で胸を張っておる!?」
「だから全力で俺を守れ」
「なんと情けないご主人さまなのじゃあ……」
「あ、だけど、優先順位は自分自身な。俺とお前が同時に命の危機にさらされてるなら、自分の身の安全を優先しろ」
「……何を言っとるかや? 突然善人でも気取りたくなったかや?」
さも馬鹿にした様子で、妖狐は俺を見た。
「そうなんだ。善人気取るの超好き」
「うっ……そ、そうかや。それならワシも好都合じゃ!」
自分で言っておいて、申し訳なさそうな顔をするな。
そうこうしているうちに、大広間に出た。そこに、長剣を持った学生服の男性と、小さな紙を持ったこれまた学生服の女性、それに、身の丈10mもありそうな巨大なムカデがいた。
「怖っ! えっ、ムカデ!? 長っ!」
俺のあんまりな叫びでこちらに気づいたのか、ムカデの巨大な二つの目がこちらを向いた。
「えっ、なんで人が!?」
そして、その巨大ムカデと戦っていたらしき男性と、その傍らにいる女性もこちらに振り向いた。
「ああ、いや、その、こんばんは?」
「何を暢気にこんばんはって言ってるかや!? 来たぞよ!」
「お?」
妖狐の声と巨大ムカデが涎を撒き散らしながらこちらに踊りかかってくるのは、ほぼ同時だった。いかん、食われる。
「……まったく、なんと手のかかるご主人さまじゃ」
諦めかけたその時、俺の目の前に立ちふさがる小さな影。妖狐がその手の平に小さな結界のようなものを張り、巨大ムカデから守ってくれたようだ。
「おおおおおっ! 偉いぞ妖狐! 凄いぞ妖狐! ようこそようこ!」
「イマイチ褒められてる気がしないのじゃあ! ……それはともかく、そこな虫。ワシに手を出すとは、それなりの覚悟があってのことじゃろうな?」
妖狐から凄味が立ち昇る。背中がぞわぞわする。毛穴が開く。怖い。俺の目の前にいるこいつは、本当にさっき俺にほっぺつねられて半泣きになってた奴か?
「ふんっ」
軽く気を込める。ただそれだけで、巨大ムカデがゴムマリのように何度も弾みながら奥へ吹き飛んでいった。
「まったく……体力だけはあるのぉ。面倒な話じゃ」
その程度じゃ堪えないのか、巨大ムカデは頭を振ってこちらを威嚇している。
「な、何なの、あなたたち?」
「ここは結界で封じていたはずなのに……」
先にムカデと戦っていた男女が、当然の疑問を口にした。
「いや、なんつーか、普通の高校生と異常な駄狐(奴隷)のコンビです」
「異常じゃないし、駄狐でもないし、奴隷では絶対にないのじゃあっ! 偉い偉ーい妖狐なのじゃあっ!」
「ああ、こいつぁ失礼。奴隷じゃなくてメイドだったな。はっはっは」
「なんか分かんないけど、たぶんえっちな肩書きなのじゃあ!」
先ほどの恐怖を紛らわすように、軽口を叩く。……いや、うん。大丈夫。可愛い可愛い。そう思いながら、妖狐の頭をぐじぐじとなでる。
「ぬぅー……」
ちょっと不満げな妖狐だった。
「よ、よく分からないけど……ここは危険だ。僕たちに任せて、君達は外へ避難して!」
男性の言葉に、隣の女性もうなずく。
「危険? あの程度の変化を相手に危険などとぬかす貴様らに任せる方が、よっぽど危なそうじゃがのう?」
傲岸不遜を顔に浮かべ、妖狐が口を歪める。助けてくれたのはありがたいが、その口ぶりはどうかなあ。
「あんまり偉そうなこと言ってると、この二人の前で犯すという羞恥プレイを実行する」
「っ!? あ、あの、あののの? ワシが貴様らの代わりにあの虫を倒してやるのじゃって言いたかっただけなのじゃよ?」
こちらをちらちら見ながら、妖狐はあわあわしながら言った。あまりの変わりように、男女は俺の顔を不思議そうに見た。
「ああ、ええと。なんというか、こいつは俺の従者みたいなもんだから、俺の目の黒い内は悪いことさせないから大丈夫だ。代わりに俺が悪いことする」
「なんでご主人さまが悪いことするかや!? ていうか今まさにしておる! やめぬか、たわけ!」
妖狐のお尻をさわさわしたら手をがぶがぶ噛まれた。痛い。
「もういいからワシがあの変化を始末するまでじっとしておるのじゃ!」
「任せろ、得意だ」
何やら胡散臭げに俺を見た後、妖狐は巨大ムカデに向き直った。
「うぅー……このイライラは全部貴様にぶつけてやるわ。ワシの近くで暴れた己を恨むがいいわっ!」
妖狐の叫びと共に、お尻から尾が複数生えた。
「えっ!? まさか……伝説の九尾!?」
それを見て、先に戦ってた女性が驚きの声をあげる。……有名なのか、コイツ?
「死ねいッ!」
妖狐の身体が青白い光に包まれる。片手をムカデに向け、そう叫ぶと同時に妖狐を覆っていた光は一筋の雷となってムカデを貫いた。
耳をつんざくムカデの声。たった一撃で、ムカデは全身を焼かれてムカデだったものになった。
「ふん。今の変化は脆弱じゃの」
そう吐き捨てると、妖狐のしっぽは小さくなって元の場所に収納された。
「ふーむ、収納機能つきか。便利な物件だなあ」
「なんで戦い終わったワシをねぎらいもせず、お尻を触っとるかや!?」
不思議だったので妖狐の尻をさわさわして調べたら、びっくりされた。
「ああ、気にするな」
「無茶を言ってはいけないのじゃあ! すごく気にするのじゃ! ワシのお尻じゃよ!?」
「大丈夫、えろい意味で触っているのではないから安心しろ。ただ、女性経験のなさが響き、こうして喋ってる間に既にえろい気分になってしまったから気をつけろ」
「がぶー!!!」
頭をかじられたので尻を触るのはやめる。
「あ、あの……」
「はい?」
背中によじ登られてがじがじ噛まれてると、横合いから話しかけられた。先ほどの男女が俺たちを見ている。
「ちょっと、僕たちと一緒に来てくれないかな?」
そう俺に言いながらも、視線はやや上方、俺をかじってる妖狐の方を向いている。
「その……君の使役してるその妖怪についても話を聞きたいし」
これは面倒なことになった。そういうの超苦手なんだけど。
「君達がここにいるってことは、結界が破れちゃったんだろう。騒ぎを聞きつけて人が集まってくるかもしれないから、僕たちと一緒に来た方がいいと思うよ?」
人のよさそうな笑みを浮かべる男性。俺とは正反対に、なんとも人が良さそうな雰囲気がにじみ出ていた。
「あぐあぐ……どうするかや、ご主人さま? この人間どもと一緒に行くかや?」
俺を噛みながら訊ねる妖狐。
「んー……うん。分かった、行く」
ここに残ってたら警察に見つかり、面倒なことになるのは想像に難くない。だったらまだコイツらについていく方がマシだろう。
「あ、それはいいけど、あのムカデはどうするんだ? 放って置いたらマズくないか?」
「それなら、私達の仲間が処理してくれるから大丈夫よ」
女性が俺の疑問に答えてくれた。仲間、ね。何らかの組織に属してるのだろう。
家の裏口からそっと抜け出し、向かった先は近所の学園だった。
「……って、ここ俺の通ってる学校じゃねえか!」
「あら、そうなの? 奇遇ね」
女性の笑みに、嫌な予感しか浮かばなかった。学校に入り、部活棟へ向かう。その奥の一室に、明らかに雰囲気が違う場所がある。
「ここが私たちの部室よ」
ドアの上にかかったプレートには、『妖滅部』と書いてあった。
「妖狐滅殺部か。ピンポイントで狙われてるな、妖狐」
「んなこと書いてないのじゃ! ……ぴんぽいんとってなんじゃの?」
「そのネタ飽きた」
「また分かんない言葉が出たのじゃ! ワシに分かる言葉で言うのじゃあ!」
「はいはい」
「適当にあしらってはダメなのじゃ、ご主人さま!」
わきゃわきゃ言ってる妖狐と一緒に室内に入る俺たち一行だった。
続く