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2024年11月24日
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【罰ゲームとしてツンデレを無視してみた】
2010年03月14日
友人と賭けポーカーをしたら、盛大に負けた。
「じゃ別府、1万な」
「賭け事はよくないよ?」
「お前からもちかけたんだろーが! 今月金ないから一気に手に入れるって!」
「俺の目は明日しか見てないんだ。だから過去のことに興味はないんだ」
「いーから金。1万」
「……貸しにしといてくれ」
「ダメだ。……そうだな、罰ゲームしたらチャラにしてもいいぞ?」
詳しく話を聞くと、明日一日ちなみを無視しろという罰らしい。無視できなければ、倍額の2万を払う、というルールとか。
「……別にいいけど、そんなのでいいのか? 簡単だぞ?」
「いいからいいから。とにかく、明日は無視しろよ」
と、いうわけで、翌日。教室に入ると、いつもの定位置(俺の隣の席)にちなみが座っている姿が視界に入った。
「……おはよう、タカシ」
いつものように挨拶を返そうとして、罰ゲームを思い出し無視する。
「……無視をするとは何事ですか。これこれ」
立ち上がり、ちなみは背伸びをして俺のほっぺをぎうぎう引っ張った。
「おはよっす、別府」
「うい、はよーん」
友人が登校してきたので挨拶する。
「……私だけ、無視? ……ふ、ふふ、いい度胸です。……目に物を見せてやります」
ちなみの薄ら寒くなるようなつぶやきが耳に届いた。
一時間目が終わり、休み時間になった。授業中、ちなみが隣から俺をずっと見ていたので落ち着けやしない。なんだか便所行きたくなってきた。
「……タカシ、どこに行くんですか?」
思わず答えそうになって、慌てて口を閉じる。危ない危ない。
「……むぅ」
「あらタカシ、どこ行くの?」
「便所。一緒に行くか?」
「行くかっ!」
かなみに声をかけられたので、軽口で応える。
「…………」
なんだかちなみが悲しそうに俺の方を見ているような気がするけど……気のせいか。それより便所便所。
「あー……まだ始まったばっかってのに、きちーなあ」
「んじゃやめるか?」
膀胱の中を空にしてると、いつの間にか昨日の友人が隣に来ていた。
「冗談。これで借金がチャラになるなら、やめるわけねーっての」
「ま、オレとしてもやめてほしくないんだけどな。こんな面白い見世物、そうそうないからな」
「趣味悪いな、お前……」
「いやいや、オレほど趣味がいい奴いないぞ?」
「言ってろ」
友人を置いて教室に戻ると、ちなみが俺の席に座っていた。
「……ふふ、これぞ必殺“どいてもらうには私を無視することは不可能”の術。……恐ろしい、私の溢れんばかりの才能が恐ろしいです」
馬鹿言ってる馬鹿はほっといて、さてどうしよう。確かにちなみの言う通り、どいてもらうには無視できない……あ、いや、できるな。
「よいっしょっと」
ちなみの膝の上に体重を乗せないように座る、というか腰を軽く乗せる。これなら無視した上で座ることも可能。
「うわ、うわうわ、……むむむ、私の上に座り、その上で無視するとは小癪です。生意気です」
などとやってると、チャイムが鳴った。前の扉が開き、教師が入ってきた。
「あー、華丹路。自分の席に座れ。別府、華丹路に座るな」
華丹路とはちなみの苗字であり、かにみちと読み、変な苗字。
「……ここが私の席です」
「俺はいつも通りです。何にも座ってません。強いて言うなら空気に座ってますが、それは全ての生徒に言えることであり」
「二人とも、後で職員室来い」
二時間目の後(根性でずっと空気椅子状態のままちなみの上に座り、授業受けた。足ガクガク)、教師にしぼられてから職員室を出る。
「……タカシのせいで私まで怒られました。……輝かしい私の軌跡に傷跡をつけるとは生意気です。えいえい」
朝のように背伸びをしながら俺のほっぺをひっぱるちなみをそのまま放って、教室に戻る。無表情に頬を引っ張られる俺を見て、みんな驚いていた。
そして3時間目、4時間目は特に何も起きないまま、昼休みになった。いつもはちなみと一緒に飯を食うのだけど、今日は別。
「……タカシ、今日のお弁当は玉子焼きです」
中庭にでも行こうかと準備してると、そんな声が耳に届いた。玉子焼きは俺の大好物であり、普段は俺の菓子パンとトレードするのだけど、今日は我慢。
「……偶然にも、今日は私が焼いてきました」
ちなみが作る玉子焼きは絶品であり、垂涎の品であり、俺の大好物だ。普段なら手に入れるためには土下座も辞さないが、今日は、今日だけはダメだ。1万……いや、2万がかかっているんだ!
「き、今日はいい天気だなー。たまには外で食うかあ」
心の中でこんな罰ゲームを仕組んだ友人を毒づきながら、教室を出る。
「……たまには外もいいです」
どういうことか、ちなみがついてきた。二人並んで木陰に座り、一緒に食事する。……と言っても、無視しないといけないので黙って食うだけなんだけど。
……いや、今なら友人も教室だろうし、喋っても大丈夫か?
「ちな……」
口を開いた瞬間、物陰から友人がこっちを監視してるのに気づいた。慌てて口を閉じ、そっぽを向く。
「な、なに? なに?」
ちなみが嬉しそうに何度も聞き返すが、答えることはできない。
「……もぐもぐ」
しばらく訊ねた後、無駄と気づいたのか、ちなみは悲しそうに弁当を口にした。なんだか知らないが、ものすごく友人に腹が立つ。そして、それ以上に自分に腹が立つ。
「……けぷ。……お腹、いっぱいです。……ちょっと、残っちゃいました」
見ると、ちなみの弁当箱に俺の大好物である玉子焼きが残っていた。
「……なんだか、眠くなってきました。……少し寝ます。……寝てる間に、玉子焼きを誰かに取られちゃうかもしれないけど、眠気には勝てません」
そう言って、ちなみは目を閉じた。……これは、俺にくれるってことか?
心の中でちなみに感謝しながら、玉子焼きをほうばる。
「うわ、うまっ」
思わず漏れ出た声に、ちなみの口元が緩んだ。
「……下剤満載」
「げほっげほっげほっ!」
「……嘘。……ふふ、だーまさーれたー。ばーか」
今すごくちなみにチョップしたいです。
「さっきのセキはむせたからであり、幻聴のせいではない、と唐突に言いたくなった」
「……無理がある、という寝言。……けど、タカシ程度の知能では仕方ない、という寝言。……ぐーぐー」
今すごくちなみの頬を引っ張りたいです。
昼休みも終わり、5時間目も終わった。残る6時間目をこなせば、今日はもうちなみに会うこともない。作戦成功だ!
「結構粘るな。とっとと諦めたらいいのに」
一人静かに笑ってると、ちなみと何か喋ってた友人が寄ってきた。
「ふふ、これは俺の勝ちだな」
「さて、どうかな?」
含み笑いをする友人に対抗し、俺も含み笑い。大変不気味な二重奏のできあがり。
「お前ら、笑ってないで早く着替えろ。施錠できないだろ」
日直にせっつかれたので体操着に着替えて校庭に出たことから分かるように6時間目は体育であり、男女は別であり、これはもう勝利は確実だ。
「ゲッツ!」
「うわ、古っ! 死ね!」
通りすがりの知らない人にひどい罵声を浴びせられたが、納得できるので特に恨まない。
今日の体育はサッカー。手を使ってはいけない、ぐらいしかルールを知らないのでキーパー役だ。
「別府、いったぞ!」
「任せろ!」
飛んできたボールを、がっちり受け止める。
「馬鹿、キーパーは手を使っていいんだよ!」
「手袋渡されたし、変とは思ってたんだ」
両足で挟んだボールを地面に落として蹴っ飛ばしてると、なんだか体育館の方が騒がしいのに気がついた。
なんだろうと思ってると、女生徒が二人出てきて……あれ?
「……ちなみ?」
生徒の片割れは、ちなみのようだった。なんだかぐったりしていて、今にも倒れそうな……。
気がつくと、俺はちなみの元に駆け出していた。
「おい別府、キーパーがサボんなあ!」
「急な腹痛でお休み!」
「全力疾走してるだろうがあ!」
友人と会話を交わしてる間にも、俺とちなみの距離はどんどん近づいていく。
ええい、なんで俺走ってんだ。どーせ貧血か何かだ、もう一人の生徒に任してりゃいいだろ。ここまで頑張ってきたのに、なんだってふいにしようとしてんだ。
「はぁはぁ……き、キミ、ちなみの奴どうしたんだ?」
「あ、別府君。ちなみ、急に倒れて……たぶん、貧血だと思うけど……」
ほら見ろ、大したことない。さ、今なら何とでも言いくるめて罰ゲームを続けられる。早く戻ろう。
「あ、あの! 俺が連れて行くよ」
何やってんだ、俺。連れて行くよ、じゃないだろ。
「でも……」
ほら、女生徒も困ってる。もういい、やめろ。
「……タカシ?」
ちなみが俺を見た。ああ、もう。
「……だいじょぶ。……へーき。……タカシは早く授業に戻るべき。……私は、なんともないから」
そんな辛そうな顔で、なんともないわけないだろ。なんで無理して笑ってんだ。
「んきゃっ!?」
そんな笑顔は見たくないので、ちなみを抱きかかえてとっとと保健室に輸送することにする。
「たた、タカシ!? あ、あの、その」
「うるさい黙れ。俺も恥ずかしいんだ。えっと、キミ」
「……お姫様抱っこ。……いいなぁ」
「キミ? 聞こえてるか?」
「あ、はははいっ! な、なんですか?」
「諸事情により、俺が連れて行く。ごめんな」
「い、いえ、それはいいんですけど……」
女生徒はちらりと校庭を見た。つられて俺も見……うあ。
「別府殺すー!」
「別府死なすー!」
「別府2万なー!」
なんか男子諸君が殺気立ってた。あと、2万とか聞こえたけど気のせいだ。
「キミ、悪いが彼らをなだめてくれ」
「えええっ!? むむむ、無理ですよう!」
「じゃ、そゆことで」
「あっ、別府くーん!」
女生徒に後を任し、ちなみを抱きかかえたまま保健室へ。ちなみの容態を先生に診てもらう。
「こ、これは……」
「せ、先生! いったいちなみに何が!」
「……なんともないわ」
「……はい?」
「極めて健康体。少し成長が遅れてるけど、許容範囲よ」
「ちなみの貧乳はどうでもよくて! 貧血とか、そういうのは?」
「全然。健康よ」
「……どういうことだ、ちなみ?」
「……貧乳って言われた」
すごんだのに、ちなみは別の箇所でショックを受けていた。
「んなことより、仮病ってどういうことだ?」
「……別に。……ちゃんと、なんともないって言った」
……あー、言ってたような。けど、それは強がりと思ったんだけど。
「……私が倒れたら、やっぱりタカシは心配した。……タカシの友達が言ってた通りだ」
そういや5時間目が終わった後、俺の友達がちなみに何か吹き込んでたけど……これか。仮病で俺を心配させる、と。……なるほどな。
「ふふ、タカシは私にめろめろ。……やれやれ、もてる女はこま」
「この馬鹿!」
保健室を震わすほどの俺の声に、ちなみは目を見開いた。
「なに考えてんだ。どんだけ俺が心配したと思ってんだ。俺を心配させて楽しいのか?」
「ち、ちが……」
「何が違うんだ。もういい、好きなだけここで寝てろ」
そう言い残して保健室を出……
「…………」
ようとしたのだけど、ちなみが何も言わずに大粒の涙をこぼし始めたので、動けなくなった。
「……朝から無視、されてたもん。……ずっと、寂しかったもん。……嫌われたと……ひっく、思ったんだもん」
ぐじぐじと目をこすりながらちなみが吐露する様子に、俺は少なからず衝撃を受けた。
「……ご、ごめんね、ごめんね、タカシ。……だからって、嘘ついて心配させるなんて、ダメだよね」
「……違う」
「……タカシ?」
「悪いのは俺。馬鹿とつまんない約束して、ちなみに悲しい思いさせちった、俺が悪い。ごめんな、ちなみ」
そっとちなみを抱きしめ、優しく頭をなでる。ちなみは小さく頭を横に振った。
「許してくんない? まあ、確かにひどいことしちゃったからなあ」
「……いっぱい優しくしてくれたら、許す」
「鋭意努力します、お姫様」
「……ぐすっ。私を悲しませた分、いっぱい、いーっぱい優しくしないと、許さない」
「んー……じゃ、とりあえずこんなのはどうだ?」
むぎゅーっとちなみを抱きしめる。
「は、はぅ……わりと、嫌いじゃない」
「……あー、ここが保健室って覚えてる人いるかなー?」
保険医の声で現実に戻された。慌てて離れようとしたけど、ちなみが離れない!
「ち、ちなみ、離れろ」
「……嫌。……もう離れない」
「いやー、若いっていーなー。お姉さん、も一回学生時代過ごしたくなってきたよ」
保険医のからかい半分な言葉を聞きながら、どうにかしてちなみを引き剥がす。
「……ぶー」
「ぶーじゃない。じゃ、俺たち戻ります」
「あいあーい。避妊はしっかりねー」
「そういう関係じゃないっ!」
俺の言葉に、ちなみが半泣きになった。
「……ぐすっ」
いや、今すぐにでも全泣きになるやもっ!
「でででも将来的にはその可能性も否定できなくはないようなっ」
「…………」
泣き止んだ……か?
「……手、繋いでくれたら、許す」
で。保健室から出て、みんなの所に戻ったのだけど、ちなみが離れてくんなくて。
「別府、ボールいったぞ!」
「任せろ! とうっ!」
「……むぎゅー」
ちなみが邪魔で動きを制限されているので、ボールがじゃんじゃんネットに突き刺さる。
「なにやってんだ、別府! 何点入れられりゃ気が済むんだ!」
「うっせー! ……こほん。ちなみ、せめて授業中は離れた方がいいんじゃ? ほら、先生も見て……」
「…………」(うるうるうる)
「こんな可愛いちなみと一時でも離れられようか! どんな運命が待ち受けているとしても、俺はもうちなみを離しはしない!」
我ながらちなみの涙に弱すぎると思った。あと、先生(彼女いない歴=実年齢)がすごい顔してこっち来たので勘弁して。
放課後、教室でちなみを抱っこしてると友人が俺の元にやってきた。
「おまえの負けだ、別府。ほれ、2万よこせ」
「だーかーら、金はないってずっと言って」
「……はい」
友人と言い合ってると、俺の膝に乗っていたちなみが財布から1万円札を二枚出した。
「……私が立て替えておく。……恋人の邪魔をすると、馬に蹴られて即死ですよ」
いつの間にか恋人になっていた。
「ちなみ、別に俺たちゃ恋人じゃ」
「…………」(うるうるうる)
「……恋人デス」
「……それでいいです。むぎゅー」
むぎゅーと言いながらちなみがむぎゅーと抱きついたのでむぎゅーを返す。
「なんだ、この敗北感は……。し、勝負に勝ったのはオレだからなーっ! バッカヤロー!」
なんか友人みたいなのが泣きながら出て行ったけど、どうでもいい。
「金入ったらすぐ返すからな、ちなみ」
「……別にいいです。……タカシと一緒にいられるなら、安いもんです。……こんな機会がなければ、こんな関係になるのはずっと先だったと思うのです」
「それはそれ。とはいえ、小遣いだけでは厳しい額だし……バイトでもするかな」
「……するなら、私も一緒にします」
「え、でもお前は別に金に困ってないだろ?」
「……タカシと一緒にいられないことが、私にとって最も困ることです」
「う」
「……タカシ?」
「……あまり、そういうことを真顔で言うな。嬉しくて顔がおかしくなる」
「……だいじょうぶ、いつも通り素敵です」
「おまえ、昨日まで俺のこと変質者とか性犯罪者とか言ってたくせに、すごいな」
「……それはそれ、です」
「なるほど、ね。それはそれ、か」
「……です」
にっこり笑うちなみと一緒に、日が暮れるまで教室でどうでもいい話をしていた。
「じゃ別府、1万な」
「賭け事はよくないよ?」
「お前からもちかけたんだろーが! 今月金ないから一気に手に入れるって!」
「俺の目は明日しか見てないんだ。だから過去のことに興味はないんだ」
「いーから金。1万」
「……貸しにしといてくれ」
「ダメだ。……そうだな、罰ゲームしたらチャラにしてもいいぞ?」
詳しく話を聞くと、明日一日ちなみを無視しろという罰らしい。無視できなければ、倍額の2万を払う、というルールとか。
「……別にいいけど、そんなのでいいのか? 簡単だぞ?」
「いいからいいから。とにかく、明日は無視しろよ」
と、いうわけで、翌日。教室に入ると、いつもの定位置(俺の隣の席)にちなみが座っている姿が視界に入った。
「……おはよう、タカシ」
いつものように挨拶を返そうとして、罰ゲームを思い出し無視する。
「……無視をするとは何事ですか。これこれ」
立ち上がり、ちなみは背伸びをして俺のほっぺをぎうぎう引っ張った。
「おはよっす、別府」
「うい、はよーん」
友人が登校してきたので挨拶する。
「……私だけ、無視? ……ふ、ふふ、いい度胸です。……目に物を見せてやります」
ちなみの薄ら寒くなるようなつぶやきが耳に届いた。
一時間目が終わり、休み時間になった。授業中、ちなみが隣から俺をずっと見ていたので落ち着けやしない。なんだか便所行きたくなってきた。
「……タカシ、どこに行くんですか?」
思わず答えそうになって、慌てて口を閉じる。危ない危ない。
「……むぅ」
「あらタカシ、どこ行くの?」
「便所。一緒に行くか?」
「行くかっ!」
かなみに声をかけられたので、軽口で応える。
「…………」
なんだかちなみが悲しそうに俺の方を見ているような気がするけど……気のせいか。それより便所便所。
「あー……まだ始まったばっかってのに、きちーなあ」
「んじゃやめるか?」
膀胱の中を空にしてると、いつの間にか昨日の友人が隣に来ていた。
「冗談。これで借金がチャラになるなら、やめるわけねーっての」
「ま、オレとしてもやめてほしくないんだけどな。こんな面白い見世物、そうそうないからな」
「趣味悪いな、お前……」
「いやいや、オレほど趣味がいい奴いないぞ?」
「言ってろ」
友人を置いて教室に戻ると、ちなみが俺の席に座っていた。
「……ふふ、これぞ必殺“どいてもらうには私を無視することは不可能”の術。……恐ろしい、私の溢れんばかりの才能が恐ろしいです」
馬鹿言ってる馬鹿はほっといて、さてどうしよう。確かにちなみの言う通り、どいてもらうには無視できない……あ、いや、できるな。
「よいっしょっと」
ちなみの膝の上に体重を乗せないように座る、というか腰を軽く乗せる。これなら無視した上で座ることも可能。
「うわ、うわうわ、……むむむ、私の上に座り、その上で無視するとは小癪です。生意気です」
などとやってると、チャイムが鳴った。前の扉が開き、教師が入ってきた。
「あー、華丹路。自分の席に座れ。別府、華丹路に座るな」
華丹路とはちなみの苗字であり、かにみちと読み、変な苗字。
「……ここが私の席です」
「俺はいつも通りです。何にも座ってません。強いて言うなら空気に座ってますが、それは全ての生徒に言えることであり」
「二人とも、後で職員室来い」
二時間目の後(根性でずっと空気椅子状態のままちなみの上に座り、授業受けた。足ガクガク)、教師にしぼられてから職員室を出る。
「……タカシのせいで私まで怒られました。……輝かしい私の軌跡に傷跡をつけるとは生意気です。えいえい」
朝のように背伸びをしながら俺のほっぺをひっぱるちなみをそのまま放って、教室に戻る。無表情に頬を引っ張られる俺を見て、みんな驚いていた。
そして3時間目、4時間目は特に何も起きないまま、昼休みになった。いつもはちなみと一緒に飯を食うのだけど、今日は別。
「……タカシ、今日のお弁当は玉子焼きです」
中庭にでも行こうかと準備してると、そんな声が耳に届いた。玉子焼きは俺の大好物であり、普段は俺の菓子パンとトレードするのだけど、今日は我慢。
「……偶然にも、今日は私が焼いてきました」
ちなみが作る玉子焼きは絶品であり、垂涎の品であり、俺の大好物だ。普段なら手に入れるためには土下座も辞さないが、今日は、今日だけはダメだ。1万……いや、2万がかかっているんだ!
「き、今日はいい天気だなー。たまには外で食うかあ」
心の中でこんな罰ゲームを仕組んだ友人を毒づきながら、教室を出る。
「……たまには外もいいです」
どういうことか、ちなみがついてきた。二人並んで木陰に座り、一緒に食事する。……と言っても、無視しないといけないので黙って食うだけなんだけど。
……いや、今なら友人も教室だろうし、喋っても大丈夫か?
「ちな……」
口を開いた瞬間、物陰から友人がこっちを監視してるのに気づいた。慌てて口を閉じ、そっぽを向く。
「な、なに? なに?」
ちなみが嬉しそうに何度も聞き返すが、答えることはできない。
「……もぐもぐ」
しばらく訊ねた後、無駄と気づいたのか、ちなみは悲しそうに弁当を口にした。なんだか知らないが、ものすごく友人に腹が立つ。そして、それ以上に自分に腹が立つ。
「……けぷ。……お腹、いっぱいです。……ちょっと、残っちゃいました」
見ると、ちなみの弁当箱に俺の大好物である玉子焼きが残っていた。
「……なんだか、眠くなってきました。……少し寝ます。……寝てる間に、玉子焼きを誰かに取られちゃうかもしれないけど、眠気には勝てません」
そう言って、ちなみは目を閉じた。……これは、俺にくれるってことか?
心の中でちなみに感謝しながら、玉子焼きをほうばる。
「うわ、うまっ」
思わず漏れ出た声に、ちなみの口元が緩んだ。
「……下剤満載」
「げほっげほっげほっ!」
「……嘘。……ふふ、だーまさーれたー。ばーか」
今すごくちなみにチョップしたいです。
「さっきのセキはむせたからであり、幻聴のせいではない、と唐突に言いたくなった」
「……無理がある、という寝言。……けど、タカシ程度の知能では仕方ない、という寝言。……ぐーぐー」
今すごくちなみの頬を引っ張りたいです。
昼休みも終わり、5時間目も終わった。残る6時間目をこなせば、今日はもうちなみに会うこともない。作戦成功だ!
「結構粘るな。とっとと諦めたらいいのに」
一人静かに笑ってると、ちなみと何か喋ってた友人が寄ってきた。
「ふふ、これは俺の勝ちだな」
「さて、どうかな?」
含み笑いをする友人に対抗し、俺も含み笑い。大変不気味な二重奏のできあがり。
「お前ら、笑ってないで早く着替えろ。施錠できないだろ」
日直にせっつかれたので体操着に着替えて校庭に出たことから分かるように6時間目は体育であり、男女は別であり、これはもう勝利は確実だ。
「ゲッツ!」
「うわ、古っ! 死ね!」
通りすがりの知らない人にひどい罵声を浴びせられたが、納得できるので特に恨まない。
今日の体育はサッカー。手を使ってはいけない、ぐらいしかルールを知らないのでキーパー役だ。
「別府、いったぞ!」
「任せろ!」
飛んできたボールを、がっちり受け止める。
「馬鹿、キーパーは手を使っていいんだよ!」
「手袋渡されたし、変とは思ってたんだ」
両足で挟んだボールを地面に落として蹴っ飛ばしてると、なんだか体育館の方が騒がしいのに気がついた。
なんだろうと思ってると、女生徒が二人出てきて……あれ?
「……ちなみ?」
生徒の片割れは、ちなみのようだった。なんだかぐったりしていて、今にも倒れそうな……。
気がつくと、俺はちなみの元に駆け出していた。
「おい別府、キーパーがサボんなあ!」
「急な腹痛でお休み!」
「全力疾走してるだろうがあ!」
友人と会話を交わしてる間にも、俺とちなみの距離はどんどん近づいていく。
ええい、なんで俺走ってんだ。どーせ貧血か何かだ、もう一人の生徒に任してりゃいいだろ。ここまで頑張ってきたのに、なんだってふいにしようとしてんだ。
「はぁはぁ……き、キミ、ちなみの奴どうしたんだ?」
「あ、別府君。ちなみ、急に倒れて……たぶん、貧血だと思うけど……」
ほら見ろ、大したことない。さ、今なら何とでも言いくるめて罰ゲームを続けられる。早く戻ろう。
「あ、あの! 俺が連れて行くよ」
何やってんだ、俺。連れて行くよ、じゃないだろ。
「でも……」
ほら、女生徒も困ってる。もういい、やめろ。
「……タカシ?」
ちなみが俺を見た。ああ、もう。
「……だいじょぶ。……へーき。……タカシは早く授業に戻るべき。……私は、なんともないから」
そんな辛そうな顔で、なんともないわけないだろ。なんで無理して笑ってんだ。
「んきゃっ!?」
そんな笑顔は見たくないので、ちなみを抱きかかえてとっとと保健室に輸送することにする。
「たた、タカシ!? あ、あの、その」
「うるさい黙れ。俺も恥ずかしいんだ。えっと、キミ」
「……お姫様抱っこ。……いいなぁ」
「キミ? 聞こえてるか?」
「あ、はははいっ! な、なんですか?」
「諸事情により、俺が連れて行く。ごめんな」
「い、いえ、それはいいんですけど……」
女生徒はちらりと校庭を見た。つられて俺も見……うあ。
「別府殺すー!」
「別府死なすー!」
「別府2万なー!」
なんか男子諸君が殺気立ってた。あと、2万とか聞こえたけど気のせいだ。
「キミ、悪いが彼らをなだめてくれ」
「えええっ!? むむむ、無理ですよう!」
「じゃ、そゆことで」
「あっ、別府くーん!」
女生徒に後を任し、ちなみを抱きかかえたまま保健室へ。ちなみの容態を先生に診てもらう。
「こ、これは……」
「せ、先生! いったいちなみに何が!」
「……なんともないわ」
「……はい?」
「極めて健康体。少し成長が遅れてるけど、許容範囲よ」
「ちなみの貧乳はどうでもよくて! 貧血とか、そういうのは?」
「全然。健康よ」
「……どういうことだ、ちなみ?」
「……貧乳って言われた」
すごんだのに、ちなみは別の箇所でショックを受けていた。
「んなことより、仮病ってどういうことだ?」
「……別に。……ちゃんと、なんともないって言った」
……あー、言ってたような。けど、それは強がりと思ったんだけど。
「……私が倒れたら、やっぱりタカシは心配した。……タカシの友達が言ってた通りだ」
そういや5時間目が終わった後、俺の友達がちなみに何か吹き込んでたけど……これか。仮病で俺を心配させる、と。……なるほどな。
「ふふ、タカシは私にめろめろ。……やれやれ、もてる女はこま」
「この馬鹿!」
保健室を震わすほどの俺の声に、ちなみは目を見開いた。
「なに考えてんだ。どんだけ俺が心配したと思ってんだ。俺を心配させて楽しいのか?」
「ち、ちが……」
「何が違うんだ。もういい、好きなだけここで寝てろ」
そう言い残して保健室を出……
「…………」
ようとしたのだけど、ちなみが何も言わずに大粒の涙をこぼし始めたので、動けなくなった。
「……朝から無視、されてたもん。……ずっと、寂しかったもん。……嫌われたと……ひっく、思ったんだもん」
ぐじぐじと目をこすりながらちなみが吐露する様子に、俺は少なからず衝撃を受けた。
「……ご、ごめんね、ごめんね、タカシ。……だからって、嘘ついて心配させるなんて、ダメだよね」
「……違う」
「……タカシ?」
「悪いのは俺。馬鹿とつまんない約束して、ちなみに悲しい思いさせちった、俺が悪い。ごめんな、ちなみ」
そっとちなみを抱きしめ、優しく頭をなでる。ちなみは小さく頭を横に振った。
「許してくんない? まあ、確かにひどいことしちゃったからなあ」
「……いっぱい優しくしてくれたら、許す」
「鋭意努力します、お姫様」
「……ぐすっ。私を悲しませた分、いっぱい、いーっぱい優しくしないと、許さない」
「んー……じゃ、とりあえずこんなのはどうだ?」
むぎゅーっとちなみを抱きしめる。
「は、はぅ……わりと、嫌いじゃない」
「……あー、ここが保健室って覚えてる人いるかなー?」
保険医の声で現実に戻された。慌てて離れようとしたけど、ちなみが離れない!
「ち、ちなみ、離れろ」
「……嫌。……もう離れない」
「いやー、若いっていーなー。お姉さん、も一回学生時代過ごしたくなってきたよ」
保険医のからかい半分な言葉を聞きながら、どうにかしてちなみを引き剥がす。
「……ぶー」
「ぶーじゃない。じゃ、俺たち戻ります」
「あいあーい。避妊はしっかりねー」
「そういう関係じゃないっ!」
俺の言葉に、ちなみが半泣きになった。
「……ぐすっ」
いや、今すぐにでも全泣きになるやもっ!
「でででも将来的にはその可能性も否定できなくはないようなっ」
「…………」
泣き止んだ……か?
「……手、繋いでくれたら、許す」
で。保健室から出て、みんなの所に戻ったのだけど、ちなみが離れてくんなくて。
「別府、ボールいったぞ!」
「任せろ! とうっ!」
「……むぎゅー」
ちなみが邪魔で動きを制限されているので、ボールがじゃんじゃんネットに突き刺さる。
「なにやってんだ、別府! 何点入れられりゃ気が済むんだ!」
「うっせー! ……こほん。ちなみ、せめて授業中は離れた方がいいんじゃ? ほら、先生も見て……」
「…………」(うるうるうる)
「こんな可愛いちなみと一時でも離れられようか! どんな運命が待ち受けているとしても、俺はもうちなみを離しはしない!」
我ながらちなみの涙に弱すぎると思った。あと、先生(彼女いない歴=実年齢)がすごい顔してこっち来たので勘弁して。
放課後、教室でちなみを抱っこしてると友人が俺の元にやってきた。
「おまえの負けだ、別府。ほれ、2万よこせ」
「だーかーら、金はないってずっと言って」
「……はい」
友人と言い合ってると、俺の膝に乗っていたちなみが財布から1万円札を二枚出した。
「……私が立て替えておく。……恋人の邪魔をすると、馬に蹴られて即死ですよ」
いつの間にか恋人になっていた。
「ちなみ、別に俺たちゃ恋人じゃ」
「…………」(うるうるうる)
「……恋人デス」
「……それでいいです。むぎゅー」
むぎゅーと言いながらちなみがむぎゅーと抱きついたのでむぎゅーを返す。
「なんだ、この敗北感は……。し、勝負に勝ったのはオレだからなーっ! バッカヤロー!」
なんか友人みたいなのが泣きながら出て行ったけど、どうでもいい。
「金入ったらすぐ返すからな、ちなみ」
「……別にいいです。……タカシと一緒にいられるなら、安いもんです。……こんな機会がなければ、こんな関係になるのはずっと先だったと思うのです」
「それはそれ。とはいえ、小遣いだけでは厳しい額だし……バイトでもするかな」
「……するなら、私も一緒にします」
「え、でもお前は別に金に困ってないだろ?」
「……タカシと一緒にいられないことが、私にとって最も困ることです」
「う」
「……タカシ?」
「……あまり、そういうことを真顔で言うな。嬉しくて顔がおかしくなる」
「……だいじょうぶ、いつも通り素敵です」
「おまえ、昨日まで俺のこと変質者とか性犯罪者とか言ってたくせに、すごいな」
「……それはそれ、です」
「なるほど、ね。それはそれ、か」
「……です」
にっこり笑うちなみと一緒に、日が暮れるまで教室でどうでもいい話をしていた。
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無題
SAIKOU……!