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2024年11月21日
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【ツンデレ妖狐】

2010年11月17日
 夜、ノドが乾いたので近所のコンビニに向かい、缶コーヒーを買う。
「ん……?」
 そのままなんとなく近所をぷらぷらと散歩してたら、ある家屋が目に付いた。いわゆる幽霊屋敷という奴で、俺がガキなら探検ぼくの町といったところだろうが、何やら様子がおかしい。
 普段であればその門にでかい南京錠がかけてあるのだが、今日はどういったわけかその物々しい鍵が外されていた。
 首を伸ばして中を窺うが、薄ぼんやりとした闇に包まれており、どうにも判然としない。ただ、いつもは閉まっているドアが開いていることだけは分かった。
 どこかの悪ガキが季節外れの肝試しでもしているのかもしれない。少し興味はあったが、それ以上にからまれたら超怖いので回れ右しようとくるりと後ろを向いたら、ぴきぴきと何かが割れる音がした。
「お?」
 そしてすぐに、視界が真っ暗になった。いや、違う。落ちてる。超落ちてる。俺がまっさかさまに落ちている。
「なんとぉぉぉぉぉ!?」
 なんで!? 地盤沈下? 一般的な住宅街にまさかのクレバス発生? いやなんでもいい、絶対死んだよコレ!
 思いつく限りの悪態を吐いたが未だ終着点には着かない。ていうか結構落ちてるけど……まさかマントルまで行かないよなげぼがばぐば。
「………………っぷはあっ!」
 必死に泳いで水面に顔を出す。どうやら地下水が溜まってできた湖に落ちたようだ。おかげで命拾いした。
「あー……どんだけ不運なんだ、俺。いや、生きてるから幸運なのか。……分からん」
 とにかく、ここから脱出しないと。とはいえ、困った。明かりが一切ないので、何も見えない。さっきは必死に泳いだ先が偶然水面だっただけで、運が悪ければ今頃ぼくドザエモンになっていたやも。
 まあいい。泳げばその先に地面があるはず。というわけで、すいすい泳いで陸地を探す。……しっかし、真っ暗な湖ってのは超怖いな。何も見えねえ。
「……うん?」
 しばらく泳いでると、少し先に何か薄ぼんやりとした明かりが目に付いた。こんな地下に……なんだ?
 明かり目掛けてわっせわっせ泳ぐ。しばらく泳ぐと、陸地についた。そのまま明かり目掛けてしばらく歩くと、目的の場所に辿り着いた。古びた祠だ。
「こんな地下に祠……やばい匂いしかしねえ」
 しかも、祠自体が光を放つという超常現象が起きている。何コレ。放電現象?
 触ったら呪われそうだが、周囲があまりにも真っ暗すぎて生物の本能として明かりを求めずにはいられないので、恐る恐る祠に手を触れる。
 途端、光が満ちた。あまりのまぶしさに咄嗟に目をつむる。
『やっとか。どれほど時が流れた』
「お? ……お?」
 声が聞こえる。だけど、まだ目がチカチカして目を開けられない。
『聞こえておるな、そこな童。この祠を破壊せい』
「暗闇にやられて幻聴か? ……まずいな、早くどうにかして脱出しないと」
『おい、童。ワシの声が聞こえているなら返事せい。おい』
「しっかし、困ったなあ……ちょっと前にあったチリの落盤事故はたしか地下700mくらいだったけど……ここはどのくらい深いんだろうか」
『ワシの話を聞けッ!』
 どうにも幻聴がうるさい。それはそうとして、そろそろ目が治ってきた。ゆっくり目を開けると、薄ぼんやりとした女の子が目の前に。
「うわあっ!?」
『わひゃあっ!?』
 俺がびっくりしたら、それに呼応して女の子も驚いた。
『な、なんじゃ、なんじゃ!?』
「いや、目を開けたら人がいてびっくりした。終わり」
『そ、そうなのかえ……あー、びっくりしたのじゃ』
 女の子はほっと胸をなでおろした。中学生くらいだろうか。白い袴のようなものを纏っている。どうしてこんな地下にこんな子が? ……実際に聞くか。
「ていうか、なんでこんなところに人が?」
『人ではない。妖狐じゃ』
「ようこそようこ?」
『ぬ?』
 ……いやいや、何を普通にボケているか。そうじゃない。妖狐……妖怪? 狐の?
「ここでまず信じる信じないの選択があるのだろうけど、面白そうなので信じる一択で!」
 どうしてだろう、そこはかとなく妖狐が引いてる気がする。見ず知らずの妖怪を引かせる己の会話センスに惚れ惚れする。
『そ、そうかや。それなら話は早いのじゃ。死にたくなければ祠を破壊せい』
「まあまあ、その前に質問させてくれ。妖狐ってのはアレですか、玉藻前に化けた九尾の狐とかっていう有名なアレですか」
『ああ、この島国でそういうのがおったらしいのぉ。ワシは大陸におったので詳しくは知らんが、噂は届いておったぞ』
 大陸……中国か。てことは中国産の妖狐か、コイツは。
「その大陸の狐がどうして日本の地下深くにいるんだ? 祠ってことは……封印か何かされてんのか?」
 びくん、と妖狐が一瞬はねた。
『な、なんのことかちっとも分からんのじゃ。さっぱりなのじゃ』
「嘘が下手すぎです」
『う、嘘なんかじゃないのじゃ! 封印もされてないのじゃ! それとは全然関係ないのじゃが、祠を破壊するのじゃ!』
「祠を壊すと解放されるんですね」
『ぬなっ!? き……貴様、ワシの心が読めるのかや!?』
「妖狐ってのもピンキリでダメな妖狐もいるんだなあ。初めての妖怪がダメなのかぁ。少し残念だ」
『ダメとか言ってはダメなのじゃあーっ!』
「はっはっは。あー愉快だった。さて、んじゃ俺は帰るな」
『帰ってはダメなのじゃ、ダメなのじゃーっ! その前に祠を、祠をーっ!』
 妖狐は俺を掴んで引きとめようとした。だが、その手は俺の身体を通り過ぎ、虚空を掴んだ。
「…………。うわあああーっ! おーばーけーっ!!!」
『違わいっ! 幽体だけ外に出してるだけじゃ! 本体は未だ封印されてるのじゃ!』
「ああやっぱ封印されてるのか」
『はうわっ!? ぬ、ぬぅ……この童、神童かや?』
「あー、ちょっといいか? さっきから人を童々といってるが、俺は子供ではないよ?」
『何を言ってのじゃ。1000歳をゆうに越すワシからすれば、人など皆童じゃ』
「うわっ、超ババアだ!」
『ば、ばばあではないのじゃ! 人生の先輩に失礼じゃぞ貴様!』
「ババアだババア、スーパーババア! ビームとか撃てる?」
『撃てんのじゃ! ……びーむってなんじゃの?』
 ちょっと小首を傾げて訊ねる超ババア。あら可愛い。
「なんかビーってしてるの」
『全く分からんのじゃ……』
「詳しくはググれ」
『また分からん単語を! 貴様こっちは封印されとるってことを念頭に入れて話すのじゃ!』
「googleで検索しろってことだ」
『説明されたのに分からんのじゃうわーんっ!』
「ああ泣かしてしまったこのロリババアは可愛いなあウヒヒヒヒ」
『全く慰めておらんっ! 尋常ならざるほど怖いのじゃ! 寄るな、痴れ者!』
 妖怪に怯えられた。悲しい。
「まあいいや……ともかく、帰るな。んじゃ、元気で」
『だから、待つのじゃってば! ……ああそうじゃ。貴様、どうやって帰るつもりかえ?』
「え?」
『ここは地下深き我が閨。どうやって地上まで戻るつもりかえ?』
 妖狐は余裕を取り戻したようで、ゆったりした所作で俺に伝えた。
「どうって……いや、普通にワープして」
『わーぷ?』
「ここから地上まで一瞬に移動する技術だ。それを行える道具が今、俺のポケットの中に入ってる」
『え……えええええっ!? えっ、今の技術ってそんなに発達してるのかや!?』
「うん」
 当然そんなわけありませんが、話のイニシアチブを渡さないために嘘を吐く。あと、その方が楽しそう。
『ど、どしよ……え、えっと、で、でも、準備に時間がかかったりする……じゃろ?』
「一秒もいりません。あ、秒ってのは、……ってくらいの時間だ」
『すぐではないかや!? あ、あの……わ、わーぷ? する前にの? ちょちょっと、祠を破壊してはくれんかの?』
「破壊するとお前の本体が解放されるんですね」
『さっ! さ、されんのじゃよ? え、えっと、景観が悪いから壊して欲しいだけなのじゃ。ほ、ほんとじゃよ?』
「嘘だったら解放された瞬間に1ピコにまで分解する」
『なんかまた分かんない単位出されたけど分解ってのは分かっちゃってとっても怖いのじゃうわーんっ!』
 当然そんな凶悪武器なぞ持っていないが、そんなことは妖狐は知らないので全部信じて泣いちゃってあら可愛い。
「ああまた合法ロリを泣かしてしまった。この合法ロリは可愛いなあウヒヒヒヒ」
『ううう……ちょっとは慰める努力を見せるのじゃ、愚か者ッ! なんだかずっと怖いのじゃ!』
「はいはい、ごめんな」
 触われはしないが、見た目は頭がある箇所をなでなでする。
『ぬー……あ、あの、の? 本当は、祠を壊すとワシの本体が解放されるのじゃ。う、嘘じゃったが、いま本当のことを言ったから分解せんの? の?』
「そうだな。本当のこと言ったし、特別に半分解にしとくよ」
『半分されたら充分死んじゃうのじゃ、あほーっ! ぬーっ!』
「あーはいはい。分解しないよ」
『よかったのじゃー。解放されたはいいが即分解では、何のために何年も封印されたか分からんでのぉ』
「あ、そだ。封印っつってるけど、なんで封印なんてされたんだ? 何か悪さでもしたのか?」
『ふふ……よく聞いてくれたのじゃ。時の権力者に憑りつき、悪政の限りをつくしたのじゃ! いやー、楽しかったのー♪ ……ま、まあ、見つかって封印されたが』
「にゃるほど、悪か。やっぱ封印しとこ」
『あああーっ!? ちっ、ちが、違うのじゃ! え、えっと……お、お花畑を荒らした……のじゃ?』
「あら可愛い。それなら封印を解いてあげる……わけねーっ!」
『ひゃうわーっ!?』
 一瞬すごい笑顔になった妖狐だったが、ものっそい驚いていた。
「ていうかだな、嘘がお粗末すぎだ。もうちょっと頑張れ。じゃないと分解する」
『怖いのじゃ怖いのじゃ怖いのじゃーっ! 人をすぐに分解しようとするでない、たわけっ!』
「人じゃないじゃん、お前」
『妖怪を分解するでないっ!』
「ああ、それならいい」
 頭付近をなでなでする。だが、実体がないのでどうにもこうにも。
『ぬう……の、のう。さっきからしてるそれ、なんじゃ?』
「ああ、なでなでだ。頭をなでると女性は喜ぶらしいのだが、生憎と未だ幽体にしかしたことないので効果のほどは未だ分からずだ」
『そ、そうかや。……ま、まあ、封印から解かれたら特別に受けてやってもよいぞよ?』
「何年封印されてるのか知らないけど、埃まみれだろうし嫌だからお断りします」
『貴様は悪魔かや!?』
「人です」
『うぬぬ……ふんっ! じゃあもういいのじゃ! なでなでなどされたくもないわいっ!』
「そうか。まあそれはそれとして、ぼちぼち俺は帰」
『だから、帰ってはいけないのじゃーっ! それではワシはまた何百年と待たねばならぬではないか! もう一人ぼっちは嫌なのじゃあーっ!』
 今度こそ本音らしきものが出た。
『こんな真っ暗なところで、ずーっと一人だったのじゃあ……。一人は嫌じゃ、嫌なのじゃあ……』
 ぐすぐすとぐずりながら、少女は俺に訴えた。多少なりとも良心が痛む。
「うーん……解放してやりたいけど、でもなあ。さっきの話を聞いた限りじゃ、また悪行を働かない保証もないしなあ」
『しないのじゃ、もうしないのじゃ! 絶対しないのじゃ! 約束するのじゃ!』
「信用してやりたいが、口約束じゃあなあ……うーん、何かいい方法はないものか」
『ぬうう……あっ、そうじゃ! あのの、ワシが貴様の使役獣になるのじゃ!』
 さも名案だ、とでも言いたげに妖狐は目を輝かせた。
「何スか、使役獣って」
『ふふーん、そんなのも知らないかや? 貴様はアホアホよのぉ♪ ……あっ、ちっ、違、違うのじゃ! ワシがアホアホなのじゃ! じゃから衣嚢を探ってはいかん!」
 ポケットを探って分解装置を探すフリをしたら死ぬほど怯えられた。
『え、えっと、の? 使役獣というのは、人がワシら妖怪を扱えるようにする術じゃ。本来は人が行う術なのじゃが、ワシはすごい妖怪なので貴様にその術を教えてやるのじゃ。感謝するのじゃよ?』
「扱うってコトは……お前の行動を俺の意思で制限できたりするってことか?」
『そうじゃ! なんじゃ、呑み込みが早いではないか。そしたら貴様はワシの悪行を防げるから問題ないし、ワシも解放されてお互い大喜びじゃ! じゃから、いいじゃろ? の、の?』
「ふむ……」
 それが本当なら、断る理由もない。あと、女の子を使役するって超楽しそう。
「よし、じゃあそれをしてみよう。あ、一応言っておくが嘘だったら分解」
『嘘じゃないのじゃ! すぐに分解しようとしてはいかんのじゃ! 貴様は軽く言っておるがこちらは毎回怖くて泣きそうになるんじゃぞ!?』
「わはははは!」
『わはははじゃないのじゃーっ! もーっ、いいから使役の契約をするのじゃ! この祠に手を置くのじゃ』
「ん、こうか?」
『そう。そしてこう唱えるのじゃ』
 少し間を置いて、妖狐は小さな声で呟きだした。
『……一二三四五六七八九十 布留部 由良由良止 布留部』
「え、えっと……ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
 奇妙な言葉の羅列を紡ぐ。意味は分からないが、何か懐かしいような、心に染み入るような、不思議な言葉だ。
「熱ッ!?」
 そんなことをぼんやり考えていると、手に衝撃が走った。見ると、手の甲に何やら紋様が浮かんでいた。
「うわ、中二病だぁ……」
『また分からぬ単語を……これで、ワシは貴様の使役獣じゃ。不本意じゃが、以後よろしくの、ええと……貴様のことをなんと呼べばいいかの?』
「ご主人様一択で」
『…………』
 とても不本意そうだが、俺は大満足。
『と、とにかく契約を果たしたので、早く出してほしいのじゃ。とっととこんな暗がりからおさらばしたいのじゃ!』
「あー……まあいいか」
 ちょっと怖いが、契約とやらをしたので大丈夫だろう。祠をガンガン蹴って破壊を試みる。
『そうじゃ、その調子じゃ! 頑張るのじゃ、ご……ご主人様!』
「フヒヒィ、フヒヒィ!」
『怖いのじゃあーっ! 明らかに契約相手を間違ったのじゃあーっ!』
 なんか言ってるけど、ご主人様ぱぅあーにより祠の支柱の破壊に成功。
『おおっ! ついに……ついに解放される日が来たのじゃ!』
 妖狐の幽体が祠に吸い込まれ、そして次の瞬間、盛大に煙と祠の破片を撒き散らし、祠から妖狐が姿を現した。
「ふふ……ふわーっはっはっは! とうとう、とうとう解放されたのじゃあーっ!」
「うるさい」
「ふぎゃっ!」
 目の前で嬉しそうに叫んでる迷惑な妖怪の頭を軽く叩く。
「ううう……痛いのじゃ、ご主人様」
「我慢しろ。さて、脱出するか」
「そじゃの。ご主人様、“わーぷ”をするのじゃ」
「あ」
 そっか。そういやそんなこと言ってたな。
「どしたのじゃ、ご主人様? わーぷせんのかえ?」
「あれ、嘘」
「……え?」
「そんな装置まだ発明されてねえ。あと、分解とかも嘘。そんな殺人兵器持ってねえ」
「な……なんじゃとおーっ!? えっ、じゃあワシは騙されて主従契約しちゃったのかえ?」
「やーいばーかばーか」
「な……なんでそんな嘘つくのじゃーッ! 今すぐワシを解放するのじゃーッ!」
「祠からは解放されたからいいじゃん」
「ちっともよくないのじゃ! あっ、そうじゃ! ……こほん。ワシを解放せぬと食い殺すぞよ!?」
「契約したらお前の行動を制限できるらしいが、そのうえで俺を食い殺すことできるの?」
「できないのじゃうわーんッ!」
「ああまた泣かしてしまった。何度見てもそそるなあウヒヒヒヒ」
「幽体を通してではなく生で見るとより一層気持ち悪いのじゃうわーんっ!」
 失敬な。ともあれ、可哀想なので頭をなでてなぐさめる。
「ぐすぐす……ううーっ、もういいのじゃ。騙されてしまったが、こんな真っ暗で何もない所で独りでいるよりマシなのじゃ。……しかし、妖怪を騙すとは妖怪より悪辣よのぉ」
 不愉快なので妖狐のほっぺをぐにーっと引っ張る。
「ふにーっ!? ふににーっ!?」
「さて、妖狐さん。お前の力でこっから脱出できない?」
「ふにに……ふがっ。なんでワシのほっぺを引っ張るかや!?」
「引っ張りたいと思ったから。で、どうなんだ?」
「ぬぅ……ま、まあできなくもないぞよ。やってほしいかや? あっ、そうじゃ! やってほしいならワシとの契約を白紙に戻すのじゃ。これは取引なのじゃ!」
「知らん。いいから俺を上まで運べ。命令です」
「了解なのじゃご主人さまーッ!」
 なんか半泣きで叫びながら、妖狐は俺を見た。
「ぐすぐす……じゃあ、ワシに掴まっててほしいのじゃ」
 そう言って、妖狐は狐の耳としっぽを生やした。これにはちょっとびっくり。
「すげぇ! 妖怪みたい!」
「だから、妖怪じゃってば! ってば!」
「二回言うな。まあいいや、こうか?」
 むぎゅっと妖狐のしっぽを無遠慮に握る。
「ふにゃ!? ち、違うのじゃ、違うのじゃ! 今から変化するから、それから掴まるのじゃ! ……あ、あと、しっぽは触ってはいかんのじゃ。しっぽは大事なのじゃ」
 妖狐はしっぽを振って俺から逃れると、自ら抱きしめるようにしっぽを持って俺に訴えた。
「分かった、聞き流す」
「なんというご主人さまに当たってしまったのじゃー……」
 絶望に身を震わせながら、妖狐は身体を縮ませた。すると、俺の目がおかしくなったのか、一気に身体が膨れ上がり、同時に全身から毛が生えた。気がつくと、妖狐は身の丈5mを越す巨大な狐になっていた。
 その巨大な狐は俺を軽く咥えると、自分の背中に乗せた。
「すげぇ! 毛深!」
『狐じゃから当たり前なのじゃ! それよりご主人さま、今から一気に駆け上がるので、しっかり毛を掴んでてほしいのじゃ。落ちても知らんのじゃ』
「え」
 という暇もあろうか、妖狐は滑るように湖面を走り、そして俺が落ちた穴の真下までくると、そのまま重力を無視して駆け上って行った。
 すさまじい風と重力が俺に襲い掛かる。とてもじゃないが目なんて開けてられない。振り落とされまいと、ただ必死で妖狐の毛に掴まるだけだ。
 そのうち、穴を抜けた。そのままの勢いで空に飛び出す。下を見たら……うお、人がゴミのようだ。超高え!
 しゅるり、と毛が俺の手の中で小さくなっていく。気がつくと、狐は少女の姿になっていた。
「おお……月じゃ。何十……いや、何百年ぶりの月かのぉ。何年経とうとその姿は色褪せず美しいのぉ」
「あのー、それより妖狐さん。絶賛落下中なんですが」
 上昇の勢いはすでに消えて久しく、ゆっくりと重力に引かれている真っ最中です。
「……助けて欲しいかの? じゃあ、ワシを解放するのじゃ!」
「知らん。いいから俺を安全に地上に下ろせ。命令です」
「うう、ううう、ううううう……了解なのじゃご主人さまーっ!」
 半泣きで魔術的な何かを唱える妖狐。途端、俺たちの落下スピードが目に見えて減速した。
「これで大丈夫なのじゃあ……ぐすぐす。酷い話じゃ。ワシはもう二度と解放されんのかのう」
「大丈夫。俺が寿命で死ぬのが早いか、お前が過労死するのが早いかのチキンレースが今始まったんだ。たかだか70年程度、妖怪ならヘッチャラさ☆」
「もっかい地下で封印された方がマシなのじゃあーっ! うわーんっ!」
 半泣きどころか全泣きの妖狐の叫びが闇夜に吸い込まれていった。

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