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2025年02月06日
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【サトリツンデレ2】

2010年07月22日
 転校生がやってきた翌日。いつものごとく登校すると、喧騒の中ぽつねんと一人自分の席に座っている転校生に気づいた。級友という大義名分を持っているので、挨拶する。
「おはよっす、転校生」
 しかし、転校生は俺の顔を一瞥しただけで、挨拶を返そうとはしなかった。
(一瞥だけとは……くそう。こうなったらこっちも一瞥してやる。いや、それどころか百瞥してやる!)
 そんなわけで、転校生の前まで回りこみ、真正面から視線を合わせてじぃぃぃぃっと見る。
「……はぁ。なんですか」
「朝は挨拶するのが日本の風習だ」
「知ってます。ていうか、どこの国でも大体そうです」
「そか。じゃ、改めて。おはよ、転校生」
「……はぁ。おはようございます。……これでいいですか?」
「ん。おはよ」
 意識して笑顔を作り、転校生に背を向ける。
(迷惑なのは分かるが、それでもな。知らない奴ならともかく、知ってる奴が暗い顔してるのはどうも苦手だ。しかしまあ、らしくないなあ、俺。大きなお世話なのは分かってるんだけどなあ)
 そのまま自分の席に戻ると、友人がどでどでやってきた。
「お、お前、どうやって転校生と仲良くなったんだ!?」
「弱みを握った」
「オレの想像を余裕で凌駕するくれーサイテーだな、お前!」
「うそ、嘘です」
 つばを吐きかけられる勢いだったので、慌てて事情を説明する。
「……はぁ、保健室になあ」
「だから、仲良くなったと言うか、顔見知りになったというか、お腹空いた」
「話の展開がおかしいぞ! どういうことだよ! ていうかまだ朝だぞ!」
「寝坊したんで朝ごはん食べてこなかったんだ」
「…………」
「なんかください」
「……これやるから黙ってろ」
 友人は俺の頭に何か乗せると、力なく自分の席に戻っていった。頭のブツを手で探り、目の前に持ってくる。
(これは……クリームパンだ! 俺の大好物じゃないか! こいつぁらっきー)
 早速包装を破ってかぶりつこうとしたら、チャイムが鳴って教師が入ってきた。
(いかん、このままでは没収される! しかし、腹具合から換算するにこのままでは授業中に腹が減って動けなくなること間違いない! ……ばれないよう、こっそり食うしか)
「別府、早弁するな」
 音もなくゆっくり口を開けてたら、早速注意された。
(なんか知らんがいきなりばれた。……でも、まあ、いいか!)
 特に気にせずそのままパンにかぶりついたら、俺の席まで教師がやって来て連絡簿で人の頭を叩く。
「食うなっつっとろーが!」
「いや悪いとは思ってるんですもぐもぐもぐ」
「んじゃ行動で示せ! いつまで食っとるんだ!」
「リスみたいで可愛いと思いませんかもぐもぐ」
「思わんッ!」
「思ってよむしゃむしゃ……ごちそうさま」
「ああっ、貴様! 最後まで食っちまいやがったな!」
「おいしかったです。中のクリームが絶妙で、しかもそれがパンによくあってて」
「知らんっ! ええい、後で職員室まで来い!」
「嫌だなあ」
「ちょっとは隠せ、阿呆っ!」
 先生はぷりぷり怒りながら戻っていった。
(うまかったなあ。腹が膨れると眠くなるよね。……眠い)
「いきなり寝るなっ、別府!」
「寝てません」
「せめて机から顔をあげて答えろっ!」
(よく怒られる日だなあzzz)
「寝息を立てるなッ!」
 なんかすごい怒られた。

 授業が終わって職員室へ出向き、大変怒られてから教室に戻る。次は3時限目か。……どれだけ怒られてんだ。
「……貴方は馬鹿なんですか?」
 席に戻り、怒られ疲れてうつらうつらとしてると、誰かに声をかけられた。顔を上げると、
「あ、転校生」
 俺の机の前に、転校生が腕を組んで立っていた。
「……私には横溝リネアという名前があります」
「あ、ごめんごめん。人の名前覚えるの苦手で」
「……まあいいです。昨日世話になったから一応忠告しておきますが、貴方、もうちょっと大人しくしていた方がいいですよ? 昨日ここに来た私ですら分かるほど、貴方はこのクラスでも浮いてるのですから」
(そう言ってる転校生の方が明らかに目立ってると思うが)
「なんですって!?」
「何が!?」
(なんかいきなり怒られた。超怖い。なんで美人って怒ると怖いんだろう)
「え、あ、い、いや、なんでもないです。私の勘違いです」
 転校生は顔を赤くしながらすまし顔をした。
「……こほん。そ、それでですね、朝の話なのですが」
(なんか挙動不審だな……まだ学校に慣れてないのか? 早く親しい友人でもできればいいのになあ。でも、こんだけ美人だと下心丸出しの奴ばっか近寄ってくるだろうし……。あー、誰かいないかな、転校生の内側も外側も大事に想ってくれる奴は。俺みたいな奇行をしちゃう変人じゃなくて、普通の奴で)
「ひ、人の話を聞いてるんですか!?」
「すいません!?」
 なんかまた怒られた。怒りのためか、転校生は顔を真っ赤にしている。
「あ、貴方はアレです、その……ダメです! 先生に怒られてる最中にパンとか食べてるし!」
「あ、いや、それはその、お腹が空いてて」
「ちょっとは我慢しなさいっ!」
「それができたら苦労しないんだ」
「何を他人事みたいに……と、とにかく反省してください、反省っ!」
 転校生……いや、横溝リネアは顔を真っ赤にしたまま自分の席へと戻っていった。
(あー……しかし、いったい何を反省したらいいのだろう。……パンか? よし、次はおにぎりにしてもらおう)
「そ……っ!」
 突然横溝リネアが頭を上げて奇声をあげた。周囲の級友も何事かと、固唾を呑んで横溝リネアを見つめる。
「……な、なんでもないです。ごめんなさい」
 先日と同じように、横溝リネアはぺこりと周囲に頭を下げた。そして、周囲が興味をなくすのを確認すると、そのまま崩れるように机に突っ伏した。
(……なんかえらく消耗してるな。まだ風邪が治ってないのか?)
「あー、あの、横溝リネア、さん」
 席まで行って、恐る恐る声をかける。
「……なんですか」
 ものすごく怖い目で見られた。
「あ、あの、まだ風邪治って?」
「……もう治りました」
「じゃあ、何か別の風土病が?」
「なんで風土病限定なんですかっ!」
(もっともな疑問だ。どうして俺も風土病なんて言ったのだろう。相変わらず俺の口と思考は直結してないな)
「……ちょっと、まだ学校に慣れてなくて、少し疲れているだけです」
「そ、そっか。ならいいんだ」
(いや、本当はよくない。疲れてるなら保健室で休んだ方が絶対にいい。連れて行きたいけど、二日連続で俺が連れて行くと横溝リネアも嫌だろうしなあ。どうし……あ、昨日行ったから道覚えてるか。よかった、一人なら横溝リネアの風評も下がらないな)
「そ、それじゃ」
 安心したのでそのまま自分の席に戻ろうとしたら、くいっと引っ張られる感覚。見ると、俺のベルトを引っ張ってる横溝リネアの姿が。
「……や、やっぱり少し眠りたいので、保健室に連れて行ってください」
「え、いや、でも道はもう」
「……貴方は憔悴してる女生徒を、一人で保健室へ行かせるつもりなんですか?」
「あっ、じゃあオレ、オレが!」
 様子を見守っていた友人が挙手して俺たちに近寄ってきた。
「…………」
「……と思ったけど、お前に譲るよ別府」
 が、氷の視線に負けたのか、そのまま逆再生して元の場所に戻っていった。
「というわけで。私を連れて行きなさい」
 俺の隣に立つと、横溝リネアは優雅に命令した。
(なんか元気そうに見えるのは俺だけだろうか)
「ふ、ふぅっ」
「わっ!?」
 立ちくらみでも起こったのか、横溝リネアが突然俺の方に倒れ掛かってきた。慌てて抱きとめる。
(うおおっ、不可抗力とはいえ胸が、おっぱいが俺の身体にぐにゃりと変形トランスフォームして密着と!? なんか生きててよかったかも! 神という概念を初めて認めよう!)
「あっ、あのっ! ご、ごめんなさい、そ、その、立ちくらみが!?」
 横溝リネアは慌てて俺から離れると、顔を真っ赤にしながら何か言い訳してた。
「い、いえいえ、結構なお手前で!?」
(なんだお手前って! 俺は俺で何を言っている!? ……ともあれ、調子が悪いのは間違いないようだ。指名もあったことだし、連れて行こう)
「……と、とにかく、行こうか」
「え、ええ」
 友人の「なんでお前だけー!」という涙声を背に受けながら、二人で教室から出た。
(ああ……いや、しかし柔らかかった。本当に柔らかかった。女の子の胸ってあんな柔らかいのか。もう一生感じることはないだろうし、今の内に記憶にしっかり刻み込み、死ぬまで反芻してやる)
「あ、あの……」
 誰もいない廊下を歩きながら反芻準備をしていると、横溝リネアがくいくいと俺の服を引っ張った。
「さ、さっきの、忘れてください」
「さっきの?」
「……だ、抱きついちゃったの」
(無理絶対無理100%無理不可能ダメに決まっている何を言っているのだこの娘はふんとにもう!)
「すいません無理です」
(そして俺は何故そのまま言うのだ。こんな時くらい嘘をつけばいいのになんでこんなとこまで馬鹿正直に! なんだって俺はいつもこうなのだ!)
 横溝リネアはぽかーんとした顔をしていた。そして、
「……ぷっ、くすくす。貴方って、その、もてないでしょ?」
 意外にも、横溝リネアはおかしそうにくすくす笑っていた。
「見たままです」
「くすくすくすっ。……じゃあ、可哀想ですから、覚えててもいいです。……特別ですよ?」
「あ、ああ」
(なんだ……? 気のせいか、ずいぶんと雰囲気が柔らかくなったような……。ひょっとして、これが横溝リネアの本来の姿なのだろうか。美人というより、可愛らしいという表現がぴったりじゃないか)
 教室での憔悴が嘘のように、機嫌よさそうに俺の前を歩いている横溝リネアを見て思った。あ、鼻歌まで歌ってる。
(……やっぱ気を張ってたんだな。俺じゃなくてもいいから、いやもちろんできれば俺がいいんだけど、誰かの前でだけでもこの姿になれたら、学校生活も楽になるだろうになあ)
 などと思いつつ横溝リネアを見ていたつもりだったのだが、いつこっちを向いたのだろう、じぃーっと見つめ返されていた。気のせいか、緊張してるような。
「え、ええと。なんだろうか」
「あ、あの! ……こ、こうやって保健室に連れて行ってもらうのも二回目だし、その」
「え、あ、はい」
「こ、これだけ迷惑かけちゃって、まだ名前も知らないし、その……」
「あ、ええと、じゃあ、遅ればせながら。別府タカシです」
「よ、横溝リネアです!」
「それはもうさっき聞いた」
「え、あ、あはは……」
(やっぱドジっ子だ。間違いねえ)
「ちがっ!?」
「ちが? ……血が? え、血!?」
「えっ、ちっ、違います違います、なんでもないですっ! ……ううう」
 なんか知らんが落ち込んだ後、横溝リネアは真面目な顔をして俺を見た。あまりの気迫に少したじろぐ。
「あっ、あのっ! ……そ、その、私、緊張しいなんです」
「あ、あー。確かに、なんかそんな気がする」
「そ、それに、人が多いところとかダメなんです……。すぐに頭痛くなっちゃうし」
(やっぱ身体が弱いのか。心配だな。できるだけ傍にいてやりたいが……俺では力不足もいいところだしな。誰か友達でもできればいいのになあ)
「だ、だからと言うわけじゃないんですけど……その、貴方さえよかったら、その……友達になってくれません……か?」
「…………」
(…………)
「あ、あの……ダメ、ですか?」
「…………」
(…………)
「あ、あの、えと……ご、ごめんなさい。い、いまの、なかったことに……」
「……ええっ!?」
「えっ!?」
(いま何かすげー言葉聞いたような……友達? え、俺が? 俺が横溝リネアと? ……いやいやいや。ないないない。ありえない。絶対夢だよ。白昼夢だよ。もしくは幻聴。はーやれやれ、俺の妄想は本当に都合よく幻聴とか聞かせるから怖いよ)
「あ、あの、と、友達、ともだちになって……」
(……ええっ!? ていうか、え? なんか半泣き!? 俺か、俺のせいか! ええい早く答えろ今すぐだ何をしている俺の愚図ッ!)
「も、もちろん!」
「あ……」
(なんでそんなので嬉しそうに笑うのか! ええい、なんでちょっと泣いてるのか! 全く分からん! 俺だぞ、性根が腐りきってる俺だぞ!? ああもうっ、ていうか俺も超嬉しい!)
「あ、あの、よ、よろしくお願いしますね、え、えと……べ、別府くん?」
「あ、ああ、うん。よろしく、横溝リネア」
「リネア、でいいです。……親しい人には、名前で呼んでもらうようにしてるんですよ?」
 リネアは人差し指をぴーんと立てて、とっておきの秘密を話すかのように小声で囁いた。
(ははーん。俺を萌え殺す気だな? 死ぬほど可愛いのは何兵器だ? ああもう、俺はもう今死んでもいい。たぶんこの瞬間が俺の人生で最大の幸福だ)
「……え、えと。じゃ、じゃあ、ほ、保健室、行きましょう」
 なぜか顔の赤いリネアは俺の手を取ると、小走りで保健室へ向け走り出した。
(最大幸福が更新された!? 柔らかい、手が柔らかい! おのれ可愛い兵器め、俺をドキドキさせて殺す気だな!?)
「ま、待て、走るな! ていうか元気になってねえか!?」
「え、えへへっ、そんなことないですよー?」
 俺に振り向きながら、これっぽっちも信憑性のないことを笑顔で言うリネアだった。
 そして、後ろを向きながら走ってたせいで俺を巻き添えに思い切り転ぶリネアだった。
「やっぱドジっ子だ、お前」
 廊下に倒れたまま、ジト目でリネアに言ってやる。
「ど、ドジっ子じゃないですっ! 偶然です! 浮かれてただけです!」
「浮かれる?」
「なっ、ち、違います、浮かれてませんっ!? は、早く保健室行かないと! ね、ね!?」
「あ、ああ」
 全力で顔を赤くするリネアに引っ張られ、俺は何も考えられないまま一緒に保健室へ向かうのだった。

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【犬子 幼なじみ風味】

2010年07月16日
 俺には幼なじみがいない。いや、厳密に言うといるのだけど、野郎なので却下。男の娘なら許可。……いや、むしろ!
「あ、あの、符長くん? どしたの、にやにやして」
 男の娘幼なじみとの愛ある生活を想像してたら、俺のにやにや顔に興味を引かれたのか、犬子がひょこひょこやって来たのでびっくりした符長彰人ですこんにちは。……む、脳内こんにちはが発生した! でもまあいいや。
「いや、ちょっと未開発の菊を」
「へ?」
 いかん。いくら相手が犬子とはいえ、さすがに男の娘はレベルが高すぎるだろう。
「あー、なんでもない。あ、そうだ! 良いことを思いついたのでそれに付き合え」
「唐突ながら、とっても嫌な予感がするよ……」
「大丈夫だ。俺は問題ない」
「私が問題あるの!」
「それで、思いついたことなんだが」
「今日も話を聞いてないよ……」
 何やらがっくりした顔が目の前にあるが、そういう類の顔とはよくエンカウントするので気にせず話を進める。
「俺には幼なじみがいないんだ。でも、ギャルゲやエロゲにはほぼ標準でいるだろ? それが羨ましくってしょうがないから、明日だけでいいから、お前は俺の幼なじみだ」
「え?」
「だから、朝起こしに来い。飯も作れ。いつも綺麗でいろ。出来る範囲でいいから」
「途中から関白宣言になってるよ、符長くん!」
「しまった、さだまさしの亡霊が俺に乗り移ったか」
「絶賛存命中だよっ!」
「じゃあ生霊が乗り移ったんだな」
「もうそれでいいよ……」
 諦められた。根性ナシめ。
「それで、えっと……朝起こしに行って、ご飯作ってほしいってことなのカナ?」
「簡単に言うと、そうなんだ。でも、よく考えると非常識極まりないことに気づいたのでやっぱいいや」
「ん~……でも、してほしいんだよね?」
「それは、まあ」
 幼なじみに起こされる。それは思春期の男子であらば誰しもが憧れる夢であろう。もしくは姉とか妹とかメイドとかネコミミ少女とか魔法少女とかスク水少女とか武家少女とか。
「……いや、朝から刀持った奴に起こされるのはちょっとアレだな。というか後半おかしいな」
「うん?」
「ああ、こっちの話」
「ふぅん? ……あの、あのね。もし符長くんさえよかったら、私、起こしに行ってもいいよ?」
「マジか!? いやさすがは犬子、持つべきものは忠犬だな」
「今日も犬扱いだよ……」
 悲しそうだったので頭なでてあげた。
「え、えへへ?」
 疑問系扱いながらも嬉しそうになったので、よかったと思った。

 そんなわけで、翌日。起こしに来るというので目覚ましをセットせずに寝てたら、何者かが優しく俺を揺り起こしている感覚が。
「お、おはよっ、符長くんっ。あ、朝だよっ?」
 緊張しているのか、声が裏返っている。しかし、その程度のおもしろ起こしでは俺は起きない。ていうか本当は起きてて目をつむってるだけなんだけど。
「え、えと、なんて言うのかな……あ、そだ。んと、は、早くしないと学校遅れるよ?」
「zzz」
「うぅ、ダメかぁ……あ、あのね、符長くん。早く起きてくれないと、ご飯が冷めちゃうよ?」
「zzz」
「うー、zしか返ってこないよ……。あ、あのね、あのね。今日の朝ごはんはね、ご飯とー、お味噌汁とー、玉子焼きだよ? だから早く起きてよ。ねー、ねーってば」
「zzz幼なじみは起こしにきたものの、一緒に寝てしまうのが相場だzzz」
「明らかに起きて指示してるよぉ……。で、でも、その、あの、そうやったら符長くん起きる?」
「起きるzzz」
「意思の疎通ができてる状態を寝てるっていうのか疑問だけど……わ、分かった。私、頑張る。頑張って、符長くんと一緒に寝る!」
「ふしだらな犬だなあzzz」
「そういう意味じゃないよ!? い、いっしょにぐーぐー寝るだけで、えっちなことはしないんだよ!?」
「ちっ」
「うう……符長くんのえっち。あと、zzzがついてないよ?」
「めんどくさいんだ。脳内で追加しといてくれ」
「明らかに起きてるよ……。じゃ、そ、その、ね、寝るからちょっとスペース空けて?」
 お願いされたので、ベッドをごろごろ転がってスペースを開けたら壁とベッドの隙間に落ちた。
「わっ、符長くんが消えた!? 手品?」
「消えてません。隙間に落ちたのです。助けて」
「わ、分かったよ! ……わっ、わっ! 符長くんが面白いかっこうで挟まってるよ!」
 朝から辱めを受けたが、どうにか犬子に救出してもらい、事なきを得る。
「ふぅ……死ぬかと思った」
「どうして起きるだけで死にかけられるの?」
「うるさい。んじゃ、続き。寝るので俺の隣に寝るように」
「もう起きてるよ?」
 犬子がにこにこ笑いながら俺の頬を無遠慮にぺちぺち触ってきたので、お返しとばかりに頭をもふもふする。
「えへへっ。おはよう、符長くん?」
「一見起きていますが、実は夢遊病で本当は寝てるんだ。幼なじみが隣で眠り、それに気づかなけれ起きられないんだ」
「今までどうやって起きてたの?」
「今までずっと夢遊病で生活してたんだ」
「そっちの方がすごいよ!」
「そんなわけで、初の起床をしたいのでお願いします」
「明らかに嘘だよ……」
 信じられる所が一切ない言い訳を繰り出した後、俺は再びベッドに横になって犬子を待った。
「うー……私が寝たら、本当に起きる?」
「起きること請け合い」
「……じゃ、じゃあ、寝てあげる。でっ、でも、えっちなことはダメだよ!?」
「しないしない、犬子が相手なのにするわけがない」
「それはそれで女心がずたずただよ!」
「じゃあ乳も揉むし、尻も触るし、ちゅーもする」
「極端だよ、符長くん!」
 一体どうしろというのだ。
「あ、あのね? 抱っこくらいならいーよ? それでね、それでね? そのあとにね、優しーく頭なでたりとかー、甘ーい言葉とかー、……ね?」
「…………」
 薄目を開けて犬子をじーっと見る。
「たっ、例えばだよ、例えば!? 私がそーゆーのしてほしいとかじゃなくって!?」
「……ああ、うん。そだな」
「ううう……優しい声と視線がいっそ辛いよ……」
「とにかく、寝れ。犬子が嫌がるようなことはしないから」
「…………。そだね、そだったね。符長くんは優しいから、私が悲しむようなことはしないもんね?」
「今日も犬子は俺という人間を誤認識しているようだな」
「えへへー。符長くんはいっぱい優しいけど、いっぱい恥ずかしがりやさんだもんね?」
「黙らないと犯す」
「思ったより怖かった!?」
「それが嫌なら一緒に寝ろ。もしくは通報しろ」
「なんで通報を自ら仕向けるのか分かんないけど……寝るのはいいよ?」
「ふしだらな犬だなあ」
「話がループしてるよっ!」
 今日も俺は時空の歪みに迷い込みがちです。
「うぅ~……じゃ、じゃあ、寝るから、えっちなことしちゃだめだよ?」
「任せろ、得意だ」
「一切信用できない台詞が飛び出したよぉ……」
 ぶちぶち言いながらも、犬子は俺の隣にそっと身体を横たえた。
「お、お邪魔します!」
「そんな緊張して寝る奴がいるか」
「だ、だって、緊張するに決まってるよ! め、目の前に符長くんの顔があるんだもん!」
「ああ、これは失敬。すぐに身体をずらし、犬子の目の前に尻を突き出すからそれまで我慢してくれ」
「どうしてそれで緊張がほぐれるって思うんだろ……?」
 不思議そうだったので、尻移動はやめる。
「……あれ? なんか緊張ほぐれちゃった。へへー、やっぱ符長くんはすごいね?」
「犬子と一緒の布団にいるだなんて、まるで新婚初夜のようでドキドキするなあ」
「緊張がぶり返したよ! わざと言ったに違いないよ! は、はうううう!?」
 見る間に犬子の顔が赤くなっていったので大変愉快。
「まあそう緊張するな。痛いのは最初だけという話だぞ?」
「明らかに初夜の話だよ、符長くん!」
「じゃあさういうわけで、寝るのでお前も思わず寝るように」
「緊張真っ最中なのに、寝れるわけないよ!」
「むぅ。……ええと、実は緊張が解れるであろう手段を保持しているのですが、少々お前の身体に触れてしまうのだけど、どうだろう?」
「少々って……どのくらい?」
「妊娠する程度」
「超お断りだよ!」
 ものすごく手をNOな感じにされた。
「冗談です。ちょっと抱っこする程度です」
「……抱っこ?」
 ぴたり、と犬子の動きが止まった。
「……あの、むぎゅーってするやつ?」
「むぎゅーという擬音が似合う技を抱っこ以外保持していないので分からないけど、たぶんそれだと思います」
「……え、えと。あのね、いいよ、抱っこ? ほ、ほら、緊張を解すためだし?」
「なんか既に解れてませんか」
「そっ、そんなことないよ!? ほ、ほら、すっごく緊張してるもん! ほーら、びりびりびり!」
「ひぃ、漏電!」
「緊張でぷるぷる震えてるだけだよ、符長くん!」
「なんだ。まあともかくやるので覚悟はよろしいか?」
「うっ、うん」
 なんかカクカクしてる犬子の頭を、むぎゅっと抱きしめる。
「ふわ、ふわわ!?」
 そして、その頭を自分の胸に押し付ける。
「……え、えと?」
「こうやって心音を聞かせることにより、落ち着くんじゃないカナ落ち着くんじゃないカナ」
「なんで二回言ったのか分かんないけど……聞こえないよ?」
「じゃあもう俺は死んでるんだよ」
「符長くんが!?」
「あ、しまった。こっちだ、こっち」
 犬子の頭を右胸から左胸へ移動させる。
「よ、よかった、とっくんとっくん鳴ってるよ。……もー、びっくりして私の心臓が止まるかと思ったよ」
「大丈夫だ。知り合いに墓石屋がいるから、安く作ってもらえるぞ」
「誰もそんな心配してないのに……」
「わはは。んで、どうだ? ちったあ落ち着いたか?」
「ん、んと……ちょっと待ってね」
 犬子は俺の胸に耳を押し付け、目をつむった。そして、深く呼吸しだした。
「……ふぅ。あ、ホントになんか落ち着いちゃった。すごいね、符長くん?」
「カナ坊シナリオで身につけた技だ」
「金棒?」
 理解していないようだが、まあいいや。もう大丈夫なようなので、犬子から身体を離す。
「落ち着いたようなので、そろそろ俺を起こし」
「あっ! ま、またドキドキしてきちゃったよ! だ、だから、もーちょっと抱っこしてもらわないとダメ、みたいな……?」
「…………」
「え、えと……ダメかな?」
 そんなおあずけを喰らった犬みたいな表情をされて、一体誰が断れようか。
「……5分だけな」
「うんっ、うんっ!」
 嬉しそうな犬子を再び抱っこする。
「えへへー♪」
 犬子はニコニコ笑いながら俺の顔をぺたぺた触りだした。
「寝るのではないのか」
「そうなんだけど……なんかね、近くが嬉しいの♪」
「…………」
「ふっ、深い意味はないけれどもだよ!?」
「あ、ああ。そうだな」
「う、ううー……」
「そう尻を赤くして威嚇するな」
「顔を赤くしてるんだよ! 照れてるの! 犬どころか猿扱いになっちゃったよ!」
「別に奴らは威嚇のために赤くしているわけではないと思うが」
「なんでもいーの!」
 誤魔化すように、犬子はむぎゅっと俺に抱きついた。その背に手を添え、こちらからも抱っこする。
「……ふぅ。……符長くんに抱っこされてると、なんかほんとーに落ち着くなー」
「む、落ち着いたのだな?」
「起こすレベルまではいかないけど! 落ち着くなーっていう話!」
「…………」
「え、えへへ?」
 罪悪感があるようなので、まあよしとしよう。犬子の頭をわしわしとなでながらそう思った。

 が、それも少しの時間なら、の話。
「なんで本格的に寝ちまうんだ!」
「だ、だって、だって!」
「もう12時だぞ、12時! 昼過ぎてる!」
「う、ううううう~! そ、そんなこと言っても、符長くんも責任はあるよ、責任重大だよ! ずーっと私の頭優しくなでてたもん! そりゃ気持ちよくってぐーぐー寝ちゃうよ!」
「イヌミミ検査をしていただけだ。そして、その最中に誤って二度寝しただけだ」
「髪だもん! イヌミミなんかじゃないもん! 二度寝しちゃった人には私を責める権限ないもん!」
 などと言い合いながら、学校までの道のりを走る俺たちだった。

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【サトリツンデレ】

2010年07月13日
 登校すると、どうにも教室が騒がしい。一体どうしたのかクラスでも物見高い友人に話を聞くと、どうやら転校生が来るらしい。それも、女子だとか。
「それはいいなあ。可愛い子だといいなあ。なんなら俺に一目惚れしてあんなことやこんなことを……うっ、うっうっうっ……」
「いきなり泣くな!」
「や、ありえない想像が翼を羽ばたかせたはいいが、現実との差異に思わず涙してしまっただけなんだ」
「今日もアレだな」
 失礼な、と思っていたら本鈴が鳴った。席に着くと、ほどなく担任が現れた。その隣に、小さな少女が。あの子が転校生か?
「えー、転校生を紹介する。キミ、自己紹介して」
 担任が隣の少女を促すと、彼女はかすかに頷いて教卓の前に立った。
「……横溝リネアです」
 それだけ言って、少女はむすっとした顔を教室の生徒たちに向けた。
「え、えっと、それだけかな?」
「そうです」
 隣で担任がうろたえているが、こちらとしてはそれどころではない。なんなのだ、目の前のアレは。まるでフランス人形のようではないか。
 ハーフなのだろうか、肌がアジア系のそれと違い、白磁と言うにふさわしい白さを誇っている。瞳は深い青。そして、腰まである長い金色の髪が陽光を受け、きらきらと輝いていた。彼女が着ているだけで、ただの制服がまるでモデルが着るような瀟洒な服と錯覚を覚えそうだ。
 そして何より目を引くのは、その圧倒的なボリュームを誇る胸。なんだアレ。内側から限界まで押し上げられ、今にも服が悲鳴をあげそうだ。
(……いやはや。人ってすげえ。ここまですごいと、なんかもう同じ空間で息をするのも申し訳なく感じる。いっそ息でも止めようか。せーの)
「そ、そうか。じゃあ、席に着いてくれ。ええと……あそこの席だ」
 担任が指した席は、ちょうどクラスの中央だった。ちぇ、漫画とかだと俺の隣になるのに。まあ漫画でも俺が主人公とかないか。
 などと息を止めつつ転校生が席に着くのを、窓側最後尾の自分の席から見守る。
(ああそれにしてもさっきから死にそうだ。いや、死ぬかも。息を自分で止めて窒息死。あんまりな最後だなあ)
「先生、別府くんがさっきから顔色が青いです」
 しまった、隣の奴にばれた! 慌てて呼吸する。
「ぶはっ。……い、いや、違うんです! 一人チキンレースをしていただけで、重大な疾患があるとかじゃなくて! 空気感染とかしないから! 本当に!」
 周囲の級友が机ごと俺から離れだした。
「保健室行ってこい」
 教室から追い出された。鍵までかけられた。……しょうがない、行くか。

 保健室で養護教諭とアニメの話に数時間花を咲かせていると、チャイムが鳴った。腹時計から換算するに、もうすぐ昼か。
「おお、もうこんな時間か。サボるのはこのくらいにして、いい加減戻れ別府」
「強制排除されただけで、決してサボったのではないのですよ?」
「いーから行け。そして戻ってくるな」
「どこからも邪魔者扱いだ」
「はっはっは」
「笑ってるし……ええい、腹立たしい。悔し紛れに乳揉んでやろうか」
「教師相手に堂々とセクハラトークをかますなッ!」
 顔を赤くして胸を隠す養護教諭に見送られ、保健室を後にする。教室に戻ろうと廊下をふらふら歩いてると、友人に会った。
「よ、サボり魔」
「初めまして」
「友人だろっ!?」
「……?」
「『何言ってんだコイツ』みたいな顔すんなッ! ……ったく、そんな奴にゃ何も教えてやんねーぞ?」
「それは困る! 頼む、教えてくれ! 金ならいくらでも払う!」
「……何のことだか分かって言ってるのか?」
「んんん」
 ぷるぷると首を振ると、友人は疲れたように眉間に指を押し当てた。
「はぁ……。あの転校生だ。お前も興味あんだろ?」
「あー。すっげー綺麗だよね。抱っこしたいよね。ちゅーとかしたい。あと、おっぱい揉みたい!」
「…………」
 俺が思った事を言うと、大抵会話の相手や近くの通行人から物凄く冷たい視線を受けまくります。悲しいです。
「……あー、まあいいや。結論から言うと、やめとけ」
「はい?」
「アイツ……ええと、横溝リネアな。強敵だぞ」
「教卓に脱糞でもしたのか?」
「しねえよッ!」
「よかった。転校初日にそんなアグレッシブなことする奴の対処法なんて知らないからな」
「はぁ……。あのな、みんな最初は物珍しいから横溝に群がってたんだが、誰が何言っても無視して、結局最後まで一言も喋らねえの。そんな調子だから、休み時間ごとに転校生を囲む人の数も徐々に減っていって、今じゃ誰もいねーぞ」
「緊張してたんじゃないか? もしくは、教室の隅で誰か用をたしてたのが気になったんじゃないか?」
「それはもういいっ! ……まあいいや。とにかく、忠告はしたからな。落とすなら頑張れよー」
 やる気なさ気に手をひらひら振って、友人は便所へ向かった。
「そんなつもりはないんだが……」
 まあいいか、と思いながら教室に入り、自分の席に戻る。そこから転校生の方をちらりと見る。
 さっきの話通り、転校生の周囲に人影はなかった。当の本人もつまらなさそうな顔で小説っぽいのを読んでいる。
(うーむ。後ろから見ても可愛いにゃー。抱っこしたいにゃー。しようか。でもしたら捕まるしなあ。法律が憎いなあ)
 などとぼんやり考えてたら、件の者がこちらを見ていることに気づいた。
「え、えと……こんにちは?」
 突然のことにどうしたらいいのか分からず、ニヤニヤ笑いながら手を振ったが、すぐにぷいっとされてしまった。
(がむでぶ! 方法を誤った! 慣れない笑顔で気持ち悪さが炸裂したに違いない! ああそれにしても可愛いなあ。抱っこしたいなあ。もし来世がイケメンだったら恋仲になれるのかなあ)
(……ああ、いやいや。そんな益体もないことを考えても仕方がない。よし、友人に背中を押されたし、ここはひとつ話しかけてみるか! ……いや、引き止められたんだっけ? まあどっちでもいいや)
(さあ、頑張ろう俺! 声をかけるのだ! なんて? ……いい天気だね? ……これだッ! ここから→そうですね→でも君の方が素敵だよ→抱いて、となるはず!)
「えええっ!?」
 突然転校生が奇声をあげたので、クラス中の視線がそこに集まった。
「え、あ、えと……な、なんでもない、です」
 ぺこりと周囲に頭を下げ、転校生は小さくなって再び本を読み出した。
(なんだろう。小説に何か変なことでも書いてあったのだろうか。……お? よし、これを話の種に、お近づきに!)
 そう思いながらこっそり近づこうとしたら、小説を机の中に入れられてしまった。
(……読破? なんたるチア! 早々に話すことがなくなった! こうなったらやはり天気コンボを繋げ、抱いてオチにもっていくしか!)
 どっきんどきどきしながら転校生の近くまで歩み寄り、精一杯で声をかける。
「や、やあ!」
 開口一番、声が裏返った。
(よし。終わった。声と一緒に全身の皮が裏返って死ねばいいのに、俺)
「…………」
 さっき友人が言っていたように、何のリアクションもない。机の上で組んだ自分の手をぼーっと見ている。
(聞こえているはずだが……はっ! まさか、耳に障害があり、聞こえていないのでは? もしそうなら、窓ガラスを粉砕するほどの音量をもってこんにちはを行えば、返事もありうるのでは!? いくぜ、必殺こんにちはッ!)
「……何か用ですか」
 すぅーっと息を吸い込んでいると、転校生が視線だけをこちらに向け、面倒くさそうに口を開いてくれた。
「あ、あー。聞こえてたのか。や、耳が悪いのかと」
「別に悪くないです」
「そ、そっか」
「ええ」
(…………。いや、そこで話を終えたらダメだろ、俺! 頑張るンだ! 必殺の天気コンボを発動させるのだ!)
「え、ええと。今日はいい天気だね?」
「くもってます」
 視線を窓に向ける。超くもり。さよなら天気コンボ。
「……用件はそれだけですか?」
(はい。いやそうじゃねえ。用件っていうかちょっとお話したかっただけなのだけなので終わりなのだが、もっと話してえんだ! ……それにしても間近で見るこの迫力はなんなのだ。顔も髪も胸も、ていうかそういうパーツの話ではない。全てが物凄く綺麗で、近くにいるだけでドキドキするんじゃあないか! ああもう超抱っこしてえ! むぎゅーって!)
「と、特に用事がないなら一人にしてください」
 なんて、頬をほんのり赤くしながら転校生は言った。
(なんだ? 突然顔を赤くして。……風邪? 身体が弱いのか? )
「あの。保健室の場所、分かる?」
「え、あ、いえ……」
「そか。んじゃ、案内するよ」
「え、あ、あの……」
(調子を崩したりしたら、そりゃ誰だって不機嫌っぽく見えちゃうよ。それにしても転校初日が体調不良なんて、転校生もついてない)
 などと思いながら転校生の手を引き、保健室へ連れて行く。転校生は少し困ったような顔をしながらも、素直に着いて来てくれた。
「…………」
「…………」
 保健室への道中、当然というかなんというか、全く会話がない。
(そりゃ調子崩してちゃ会話どころじゃねーわな。それにしてもクラスの奴もアレだな、病人を囲むなんてどうかと思うな。……まー、これだけ綺麗だと仲良くなりたくなる気持ちも分かるけど)
 そう思いながら、転校生を見る。まるでエルフがそこにいるかのようなファンタジーな空間が転校生を中心に広がっている。そこだけぽっかりと現実感を喪失しているような気分だった。
(しっかし、病人相手になんだが、やっぱ美人だなー。周りの奴みんな転校生見てるもん。保健室連れて行ってるだけなんだけど、無駄な優越感を感じちまうなー。あー、こんな美人な彼女がいたらなー。毎日幸せだろうなー)
 ふと見ると、転校生の顔が先ほどより赤くなっているではないか。急がないと。
「……あ、あの」
 急ぎ足で保健室に向かっていると、転校生から初めて声をかけられた。
「え、あ、うん。何?」
「その、いつまで握ってるんですか?」
「いつまで?」
「…………」
 転校生が無言で視線を下に向ける。それにつられるようにくりんと視線を下に向けると、あらあら、おてて繋いでますよ。
「のああっ!? ごっ、ごめっ、わざとじゃないんだ!?」
 あまりの事態に、慌てて手を離す。
(全く! 何で俺は普通に手を繋いだりなんかしちゃうかねえ!? こんなナチュラルにセクハラをしていたとは、なんて酷い俺なんだ! ええいそれにしても柔らかかった! 超名残惜しい! 悪魔に魂を売ってでも、もう一度手を握りたい!)
「…………」
 転校生は何も言わずにうつむいてしまった。熱が酷くなっているのか、さっきより顔が赤い。
(……ああもう。とっとと保健室に連れて行って、先生に診てもらおう。それで俺の仕事は完了だ。保健室に行けば転校生も元気になるだろう。さっきのでわざと手を握る気持ち悪い奴と思われただろうが、まあいい。早く行こう)
「えーと。すぐそこなんで、その、もうちょっと我慢してくれ」
「…………」
 転校生は何も答えなかったが、俺のすぐ後ろからついてくる気配はあったので、そのままにしておいた。そこからしばらく歩くと、保健室に着いた。
「ほい、ここがそう。じゃ、そゆことで」
 とっとと戻ろうと元来た道を行こうとしたら、腰に違和感。見ると、転校生が俺の腰部分をぎゅっと握っていた。
「あ、あの、一応礼儀として言っておきます。……その、ありがとうございます」
「え、あ。はぁ」
「そ、それと。……別に、気持ち悪いなんて思ってませんから」
「へ?」
「……そ、それじゃ!」
 転校生は顔を真っ赤にして保健室に駆け込んでいった。
(気持ち悪い? ……口に出したっけ?)
 そう思った瞬間、保健室の中からがっしゃーんと何かを引っくり返す音が響いた。何事かと室内に入ると、びっくりした顔の養護教諭と、床に散乱している医療器具や薬と、その中心に寝そべっている転校生が視界に入った。
「……あー、転んだ?」
 転校生は泣きそうになりながら、こっくりうなずいた。
(ドジっ子属性すら……。ええい、何もかもが可愛いなクソ)
 転校生に手を貸し、立ち上がらせる。デコでも打ったのか、顔中真っ赤にしていた。
「す、すいません、ありがとうございます」
「いや、なんつーか……先生。ええと、こいつに風邪薬と、あとドジに効く薬を」
「後者はないなぁ」
 俺たちの様子をうかがっていた先生は、にやにやしながら言った。
「ど、ドジじゃないです! ちょっと転んだだけです! 普段はこんなんじゃないんです!」
 転校生は必死になって俺に訴えた。
「と言われても、普段を知らないからなあ」
「……貴方のせいで転んだのに」(ぼそり)
「ん?」
 転校生が呟いた言葉は、俺の耳までは届かなかった。
「なんでもないです! も、もーいいから出てってください!」
「おお、おおお?」
 転校生に背中を押され、保健室から追い出されてしまった。
(なんてことだ。でもまあ思ったより元気そうだし、何より貴重な光景を見れたし、いいか。いや、しかしあんな綺麗なのに、実は転校生がドジっ子だったとは。本当にいるのな、現実に)
 などと思いながら教室に戻ろうとしたら、突然保健室のドアが開き、転校生が顔を出したのでびっくりした。
「な、何?」
「……ドジなんかじゃないですっ!」
 それだけ言って、転校生はドアを勢いよく閉めた。
(んな顔を真っ赤にして言うことじゃないだろうに。……でもまあ、言ってほしくないみたいだし、俺だけの秘密にしておこう)
 そう思いながら、俺はチャイムが鳴っているというのにゆっくり教室へ向かうのだった。そして当然教師に叱られるのだった。

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【犬子 名前間違い】

2010年07月10日
「符丁くん符丁くん!」
「…………」
「あれ? あの……符丁くん?」
「貴様、俺様の名前を間違えるとはいい度胸だ!」
 ぐわしっと犬子の顔を鷲掴みする。
「えええっ!?」
「俺の名は符長彰人だ。分かったら繰り返せ」
「ふ、ふながあきと!」
「貴様、人の名をフルネームで呼ぶとはいい度胸だ!」
「もはや言いがかりだよ、符長くん!」
「ごめんね」
「しかも情緒不安定だよ。脳の病気なの?」
「…………」
 無言で指に力を込める。いわゆるアイアンクロー。
「あれっ? 痛いっ、痛い痛い痛い!? 痛いよ符長くん!」
「かわいそうだと思いました」
「明らかに他人事だよ!?」
 何やらびっくりしてる犬子だった。ので、解放してあげた。
「うぅ~。ひどいよ符長くん!」
「今の俺は符丁だから仕方ないんだ」
「全くもって意味が分からないよ、符長くん! ……いや、符丁くん?」
「貴様、俺様の名前を間違えるとはいい度胸だ!」
 ぐわしゃっと犬子の顔を鷲掴みする。
「うわわっ!? 何やら策にはまった気がするよ!」
 策にはめて満足したので解放する。
「ううう……でも痛いは痛いよ。ひどいよ符長くん!」
「ごめんね」(なでなで)
「わふー……」
「この生物は尻をなでるとわふーと鳴きます」
「酷い言いがかりを!? 頭をなでられたんだよ!」
「犬子わふたー。む、どうにも語呂が悪いな」
「今日もちっとも話を聞いてくれないよ……」
 がっくり気味の犬子だった。

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【凛 誰だ】

2010年07月05日
 昼休み。飯も食い終わったので、中庭でぼやーっとしてたら、不意に視界が黒に染められた。誰かに後ろから目を塞がれた様だ。
「えへへっ。だーれだ?」
「符長彰人です」
「違うの! 彰人が誰か聞いてないの! こうやって、だーれだってやってる人を聞いてるの!」
「分かりません」
「もーちょっと考えてから、そういうことは言ってほしいのに……」
「ふむ。声から考えるに、女性、もしくはまだ声変わりが起きていない少年だろう。さらに顔に当たる手の大きさから、小柄な人物と考えられる。体温はやや低い。そこから導き出される答えは──」
「もー! 遅い!」
 折角人が答えようとしたのに、視界を開けられた。そして、件の人物が俺の前に回りこんできた。
「やっぱ凛か。こんにちは」
 俺に目隠しをしていたのは、絶賛交際中のお嬢さん、凛だった。気の強そうな切れ長の瞳が俺を見つめている。
「こんにちは! そうじゃなくて、もっと早く答えるの!」
「こんぬつはっ」(0.2秒)
「するんじゃないかと思ったけど、そうじゃないの! あとなんかなまってる!」
「田舎出身なんだ」
「嘘ばっかり……それで、何か言うことは?」
 凛は腰に手をあて、俺に何かを促した。
「ええと。よしよし?」(なでなで)
「違うの! ……ち、違うけど、もちょっと」
 欲求されたので、もっと頭をなでてみる。
「へへ……なでられちった♪」
 凛は嬉しそうにニコニコしながらなでられた箇所をさすった。
「嬉しそうで何よりです」
「うんっ♪ ……じゃなかった。あのね、彰人。彰人が好きな人がだーれだってやったんだから、すぐに分からなくちゃダメだよ?」
「すきなひと」
「そ、そだよ。……そだよね?」
 心なしか不安な面持ちで、凛は俺の顔色を窺った。
「まあ、否定はしませんが。ていうか、恋人ではないのですか」
「ち、違うもん。彰人が凛のこと好きなだけで、凛は別に彰人のこと好きじゃないもん」
「そうなの?」
「そうなの! だから、もっとしっかり凛のこと捕まえておかないと、凛、どっか行っちゃうよ?」
「浮気されて許せるほど男らしくも心が広くもないからなあ。裏切られたら絶望してすぐに自殺すること請け合い」
「しないけど! 絶対にしないけど! ずっとずーっと彰人と一緒だけど! でも捕まえておかないとダメなの!」
 凛は半泣きになりながら俺の服の袖をぎゅっと強く握った。お前が捕まえてどうする。
「捕まえるなあ……具体的には?」
「え? えと……次のお休みにデート! ショッピングとかー、映画とかー、動物園とか! あ、水族館とかもいーね?」
「次の小遣い支給日まで、お金がありません」
「彰人のかいしょーなし……」
「面目次第もない」
「しょーがないなあ……凛がおごったげるから、一緒に行こ? ね?」
「いや、しかし……」
「なに? お金ならあるから心配しなくてもいーよ?」
 凛は少し前まで豪奢な衣装を纏ってTVカメラや人前で踊ったり歌ったりする仕事に就いており、その時に貯めた金がものすごいことになっている、というのを以前本人の口から聞いたことがある。
「うーん。やはり女性におごられるというのは、どうにも男としてプライドが邪魔をする」
「気にしないでいいのに……。だいたいさ、もし凛と結婚したら、彰人は一生凛におごられっぱなしなんだよ? だから、全然気にしなくてもいーんだよ?」
「クズ男の見本みたいで嫌なので、凛と結婚はしないでおこう」
「もし結婚したらお金全部どっかに寄付するから平気だよ!?」
「それはそれでどうかと」
「うー……そんなのいーからデート! デートするの! デートデートデート!」
「あー、はいはい、分かったからあんま連呼するな。だが、デート費用は俺に出させてもらおう。男のささやかなプライドを守らせてくれ」
「うんっ、うんうんっ! えへへっ、やったね。彰人とデートだ。……えへへっ♪」
 凛ははちきれそうな笑顔を振りまいた。見てるこっちまで嬉しくなってきそうだ。
「そこまで喜んでいても、俺が好きではないのですね」
「う……え、えと、そう。そうなの。彰人が凛を好きなだけで、凛は別に、って感じなの」
「悲しさのあまり自殺しそうだ」
「別にって感じの中でも最上級の好きだから大丈夫だよ!?」
 何が大丈夫なのか。しかしまあ、必死の形相で俺の服の袖を引っ張っているので、やめておこう。
「うー……彰人はすぐ自分の命を脅迫の材料に使うよね」
 凛は少し不満そうに俺の鼻をむぎゅーっと押した。
「あまり押すと自爆装置が作動するので危険ですよ?」
「彰人ってロボットなの?」
「初耳だ」
「彰人って、基本的に思考が混乱してるよね」
 なんて失礼な奴だ。髪をわやくちゃにしてやれ。というわけで、両手で凛の頭をわしわしする。
「うやー♪」
 失敗。なんか喜ばれただけだった。
「ううう……うふー。へへー、なんかまたいっぱいなでられちゃった♪」
「じゃあそういうことで、次の休みはどっかデートな。そして現在、腹いっぱいの俺は眠い」
「そなんだ。……あのさ、膝枕。してあげよっか?」
「ほう、それはナイス提案。んじゃ、早速お願い」
「ちょっとは照れるとか喜ぶとかしてほしいのにぃ……」
「凛に膝枕されるというとんでもない事態に、心臓がドキドキを堪え切れず爆発四散しそうだ」
「また思ってもないこと言って……うー、それでも嬉しくなっちゃう自分がヤダ」
 凛は少しだけふてくされた顔をして、正座した。そして、俺にこいこい手招きした。
「はい。準備かんりょーだから寝ていいよ?」
 いいらしいので、凛の太ももに頭を乗せる。少々肉付きが足りないが、それでも一応は女性なのでもふもふして柔らかい。
「へへー。どう? どう? 気持ちー?」
 凛は俺の顔をぺたぺた触りながら、ニコニコ訊ねた。
「悪くない」
「もっと全力で喜ぶの! わーいって!」
「わーいって」
「余計な部分がついてるの!」
「いって」
「必要な部分がどっかいっちゃった!? ……もーいーよ。彰人に普通を要求した凛が馬鹿だったよ」
「いって、炒って……コーヒー豆? むぅ、なんかコーヒーが飲みたくなってきた」
「しかも、なんか勝手に話進めて、勝手にコーヒー飲みたくなっちゃってるし……」
「ちうわけで、凛。そこの自販機で缶コーヒー買ってくるから、ちょっと待ってて」
「あっ……」
 名残惜しいが凛の太ももから離れ、自販機に向かおうとしたら手をきゅっと握られた。
「凛?」
「凛も一緒に行く」
「え、いや、すぐそこなんだけど……」
 中庭を挟み、ほんの50mほど先の自販機を指差すが、凛は手を離そうとはしなかった。
「一緒に行くの! ……ほ、ほら、彰人、一人だったら泣いちゃうだろうし」
「幼児か、俺」
「いーから一緒なの!」
「まあいいか……」
 凛と二人、おてて繋いで自販機へ向かう。その道中、何やら隣からじーっと見られているような。
「どした、凛?」
「んー? なんでもないんだけどね……えへへ。一緒がね、嬉しいの♪」
「…………」
「り、凛がじゃなくて、彰人がそうじゃないのかなーって思っただけなんだよ!? ほ、ホントに……ホントだよ?」
「可愛いですね」
「う!? ……そ、そりゃ可愛いもん。元アイドルだもん。で、でも唐突にそゆこと言うの禁止!」
「見た目もそうだけど、今回は性格の方です」
「なっ!? ……う、うー! そゆの禁止! 凛を喜ばすの禁止!」
「なんて無茶な。言論の弾圧だ」
「弾圧でもなんでも禁止! 禁止なの!」
 隣でわきゃわきゃ言いながらにやにやしてる赤ら顔の生物を引きつれたまま、俺はゆっくり中庭を横断するのだった。

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