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2024年12月04日
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【サトリツンデレ】
2010年07月13日
登校すると、どうにも教室が騒がしい。一体どうしたのかクラスでも物見高い友人に話を聞くと、どうやら転校生が来るらしい。それも、女子だとか。
「それはいいなあ。可愛い子だといいなあ。なんなら俺に一目惚れしてあんなことやこんなことを……うっ、うっうっうっ……」
「いきなり泣くな!」
「や、ありえない想像が翼を羽ばたかせたはいいが、現実との差異に思わず涙してしまっただけなんだ」
「今日もアレだな」
失礼な、と思っていたら本鈴が鳴った。席に着くと、ほどなく担任が現れた。その隣に、小さな少女が。あの子が転校生か?
「えー、転校生を紹介する。キミ、自己紹介して」
担任が隣の少女を促すと、彼女はかすかに頷いて教卓の前に立った。
「……横溝リネアです」
それだけ言って、少女はむすっとした顔を教室の生徒たちに向けた。
「え、えっと、それだけかな?」
「そうです」
隣で担任がうろたえているが、こちらとしてはそれどころではない。なんなのだ、目の前のアレは。まるでフランス人形のようではないか。
ハーフなのだろうか、肌がアジア系のそれと違い、白磁と言うにふさわしい白さを誇っている。瞳は深い青。そして、腰まである長い金色の髪が陽光を受け、きらきらと輝いていた。彼女が着ているだけで、ただの制服がまるでモデルが着るような瀟洒な服と錯覚を覚えそうだ。
そして何より目を引くのは、その圧倒的なボリュームを誇る胸。なんだアレ。内側から限界まで押し上げられ、今にも服が悲鳴をあげそうだ。
(……いやはや。人ってすげえ。ここまですごいと、なんかもう同じ空間で息をするのも申し訳なく感じる。いっそ息でも止めようか。せーの)
「そ、そうか。じゃあ、席に着いてくれ。ええと……あそこの席だ」
担任が指した席は、ちょうどクラスの中央だった。ちぇ、漫画とかだと俺の隣になるのに。まあ漫画でも俺が主人公とかないか。
などと息を止めつつ転校生が席に着くのを、窓側最後尾の自分の席から見守る。
(ああそれにしてもさっきから死にそうだ。いや、死ぬかも。息を自分で止めて窒息死。あんまりな最後だなあ)
「先生、別府くんがさっきから顔色が青いです」
しまった、隣の奴にばれた! 慌てて呼吸する。
「ぶはっ。……い、いや、違うんです! 一人チキンレースをしていただけで、重大な疾患があるとかじゃなくて! 空気感染とかしないから! 本当に!」
周囲の級友が机ごと俺から離れだした。
「保健室行ってこい」
教室から追い出された。鍵までかけられた。……しょうがない、行くか。
保健室で養護教諭とアニメの話に数時間花を咲かせていると、チャイムが鳴った。腹時計から換算するに、もうすぐ昼か。
「おお、もうこんな時間か。サボるのはこのくらいにして、いい加減戻れ別府」
「強制排除されただけで、決してサボったのではないのですよ?」
「いーから行け。そして戻ってくるな」
「どこからも邪魔者扱いだ」
「はっはっは」
「笑ってるし……ええい、腹立たしい。悔し紛れに乳揉んでやろうか」
「教師相手に堂々とセクハラトークをかますなッ!」
顔を赤くして胸を隠す養護教諭に見送られ、保健室を後にする。教室に戻ろうと廊下をふらふら歩いてると、友人に会った。
「よ、サボり魔」
「初めまして」
「友人だろっ!?」
「……?」
「『何言ってんだコイツ』みたいな顔すんなッ! ……ったく、そんな奴にゃ何も教えてやんねーぞ?」
「それは困る! 頼む、教えてくれ! 金ならいくらでも払う!」
「……何のことだか分かって言ってるのか?」
「んんん」
ぷるぷると首を振ると、友人は疲れたように眉間に指を押し当てた。
「はぁ……。あの転校生だ。お前も興味あんだろ?」
「あー。すっげー綺麗だよね。抱っこしたいよね。ちゅーとかしたい。あと、おっぱい揉みたい!」
「…………」
俺が思った事を言うと、大抵会話の相手や近くの通行人から物凄く冷たい視線を受けまくります。悲しいです。
「……あー、まあいいや。結論から言うと、やめとけ」
「はい?」
「アイツ……ええと、横溝リネアな。強敵だぞ」
「教卓に脱糞でもしたのか?」
「しねえよッ!」
「よかった。転校初日にそんなアグレッシブなことする奴の対処法なんて知らないからな」
「はぁ……。あのな、みんな最初は物珍しいから横溝に群がってたんだが、誰が何言っても無視して、結局最後まで一言も喋らねえの。そんな調子だから、休み時間ごとに転校生を囲む人の数も徐々に減っていって、今じゃ誰もいねーぞ」
「緊張してたんじゃないか? もしくは、教室の隅で誰か用をたしてたのが気になったんじゃないか?」
「それはもういいっ! ……まあいいや。とにかく、忠告はしたからな。落とすなら頑張れよー」
やる気なさ気に手をひらひら振って、友人は便所へ向かった。
「そんなつもりはないんだが……」
まあいいか、と思いながら教室に入り、自分の席に戻る。そこから転校生の方をちらりと見る。
さっきの話通り、転校生の周囲に人影はなかった。当の本人もつまらなさそうな顔で小説っぽいのを読んでいる。
(うーむ。後ろから見ても可愛いにゃー。抱っこしたいにゃー。しようか。でもしたら捕まるしなあ。法律が憎いなあ)
などとぼんやり考えてたら、件の者がこちらを見ていることに気づいた。
「え、えと……こんにちは?」
突然のことにどうしたらいいのか分からず、ニヤニヤ笑いながら手を振ったが、すぐにぷいっとされてしまった。
(がむでぶ! 方法を誤った! 慣れない笑顔で気持ち悪さが炸裂したに違いない! ああそれにしても可愛いなあ。抱っこしたいなあ。もし来世がイケメンだったら恋仲になれるのかなあ)
(……ああ、いやいや。そんな益体もないことを考えても仕方がない。よし、友人に背中を押されたし、ここはひとつ話しかけてみるか! ……いや、引き止められたんだっけ? まあどっちでもいいや)
(さあ、頑張ろう俺! 声をかけるのだ! なんて? ……いい天気だね? ……これだッ! ここから→そうですね→でも君の方が素敵だよ→抱いて、となるはず!)
「えええっ!?」
突然転校生が奇声をあげたので、クラス中の視線がそこに集まった。
「え、あ、えと……な、なんでもない、です」
ぺこりと周囲に頭を下げ、転校生は小さくなって再び本を読み出した。
(なんだろう。小説に何か変なことでも書いてあったのだろうか。……お? よし、これを話の種に、お近づきに!)
そう思いながらこっそり近づこうとしたら、小説を机の中に入れられてしまった。
(……読破? なんたるチア! 早々に話すことがなくなった! こうなったらやはり天気コンボを繋げ、抱いてオチにもっていくしか!)
どっきんどきどきしながら転校生の近くまで歩み寄り、精一杯で声をかける。
「や、やあ!」
開口一番、声が裏返った。
(よし。終わった。声と一緒に全身の皮が裏返って死ねばいいのに、俺)
「…………」
さっき友人が言っていたように、何のリアクションもない。机の上で組んだ自分の手をぼーっと見ている。
(聞こえているはずだが……はっ! まさか、耳に障害があり、聞こえていないのでは? もしそうなら、窓ガラスを粉砕するほどの音量をもってこんにちはを行えば、返事もありうるのでは!? いくぜ、必殺こんにちはッ!)
「……何か用ですか」
すぅーっと息を吸い込んでいると、転校生が視線だけをこちらに向け、面倒くさそうに口を開いてくれた。
「あ、あー。聞こえてたのか。や、耳が悪いのかと」
「別に悪くないです」
「そ、そっか」
「ええ」
(…………。いや、そこで話を終えたらダメだろ、俺! 頑張るンだ! 必殺の天気コンボを発動させるのだ!)
「え、ええと。今日はいい天気だね?」
「くもってます」
視線を窓に向ける。超くもり。さよなら天気コンボ。
「……用件はそれだけですか?」
(はい。いやそうじゃねえ。用件っていうかちょっとお話したかっただけなのだけなので終わりなのだが、もっと話してえんだ! ……それにしても間近で見るこの迫力はなんなのだ。顔も髪も胸も、ていうかそういうパーツの話ではない。全てが物凄く綺麗で、近くにいるだけでドキドキするんじゃあないか! ああもう超抱っこしてえ! むぎゅーって!)
「と、特に用事がないなら一人にしてください」
なんて、頬をほんのり赤くしながら転校生は言った。
(なんだ? 突然顔を赤くして。……風邪? 身体が弱いのか? )
「あの。保健室の場所、分かる?」
「え、あ、いえ……」
「そか。んじゃ、案内するよ」
「え、あ、あの……」
(調子を崩したりしたら、そりゃ誰だって不機嫌っぽく見えちゃうよ。それにしても転校初日が体調不良なんて、転校生もついてない)
などと思いながら転校生の手を引き、保健室へ連れて行く。転校生は少し困ったような顔をしながらも、素直に着いて来てくれた。
「…………」
「…………」
保健室への道中、当然というかなんというか、全く会話がない。
(そりゃ調子崩してちゃ会話どころじゃねーわな。それにしてもクラスの奴もアレだな、病人を囲むなんてどうかと思うな。……まー、これだけ綺麗だと仲良くなりたくなる気持ちも分かるけど)
そう思いながら、転校生を見る。まるでエルフがそこにいるかのようなファンタジーな空間が転校生を中心に広がっている。そこだけぽっかりと現実感を喪失しているような気分だった。
(しっかし、病人相手になんだが、やっぱ美人だなー。周りの奴みんな転校生見てるもん。保健室連れて行ってるだけなんだけど、無駄な優越感を感じちまうなー。あー、こんな美人な彼女がいたらなー。毎日幸せだろうなー)
ふと見ると、転校生の顔が先ほどより赤くなっているではないか。急がないと。
「……あ、あの」
急ぎ足で保健室に向かっていると、転校生から初めて声をかけられた。
「え、あ、うん。何?」
「その、いつまで握ってるんですか?」
「いつまで?」
「…………」
転校生が無言で視線を下に向ける。それにつられるようにくりんと視線を下に向けると、あらあら、おてて繋いでますよ。
「のああっ!? ごっ、ごめっ、わざとじゃないんだ!?」
あまりの事態に、慌てて手を離す。
(全く! 何で俺は普通に手を繋いだりなんかしちゃうかねえ!? こんなナチュラルにセクハラをしていたとは、なんて酷い俺なんだ! ええいそれにしても柔らかかった! 超名残惜しい! 悪魔に魂を売ってでも、もう一度手を握りたい!)
「…………」
転校生は何も言わずにうつむいてしまった。熱が酷くなっているのか、さっきより顔が赤い。
(……ああもう。とっとと保健室に連れて行って、先生に診てもらおう。それで俺の仕事は完了だ。保健室に行けば転校生も元気になるだろう。さっきのでわざと手を握る気持ち悪い奴と思われただろうが、まあいい。早く行こう)
「えーと。すぐそこなんで、その、もうちょっと我慢してくれ」
「…………」
転校生は何も答えなかったが、俺のすぐ後ろからついてくる気配はあったので、そのままにしておいた。そこからしばらく歩くと、保健室に着いた。
「ほい、ここがそう。じゃ、そゆことで」
とっとと戻ろうと元来た道を行こうとしたら、腰に違和感。見ると、転校生が俺の腰部分をぎゅっと握っていた。
「あ、あの、一応礼儀として言っておきます。……その、ありがとうございます」
「え、あ。はぁ」
「そ、それと。……別に、気持ち悪いなんて思ってませんから」
「へ?」
「……そ、それじゃ!」
転校生は顔を真っ赤にして保健室に駆け込んでいった。
(気持ち悪い? ……口に出したっけ?)
そう思った瞬間、保健室の中からがっしゃーんと何かを引っくり返す音が響いた。何事かと室内に入ると、びっくりした顔の養護教諭と、床に散乱している医療器具や薬と、その中心に寝そべっている転校生が視界に入った。
「……あー、転んだ?」
転校生は泣きそうになりながら、こっくりうなずいた。
(ドジっ子属性すら……。ええい、何もかもが可愛いなクソ)
転校生に手を貸し、立ち上がらせる。デコでも打ったのか、顔中真っ赤にしていた。
「す、すいません、ありがとうございます」
「いや、なんつーか……先生。ええと、こいつに風邪薬と、あとドジに効く薬を」
「後者はないなぁ」
俺たちの様子をうかがっていた先生は、にやにやしながら言った。
「ど、ドジじゃないです! ちょっと転んだだけです! 普段はこんなんじゃないんです!」
転校生は必死になって俺に訴えた。
「と言われても、普段を知らないからなあ」
「……貴方のせいで転んだのに」(ぼそり)
「ん?」
転校生が呟いた言葉は、俺の耳までは届かなかった。
「なんでもないです! も、もーいいから出てってください!」
「おお、おおお?」
転校生に背中を押され、保健室から追い出されてしまった。
(なんてことだ。でもまあ思ったより元気そうだし、何より貴重な光景を見れたし、いいか。いや、しかしあんな綺麗なのに、実は転校生がドジっ子だったとは。本当にいるのな、現実に)
などと思いながら教室に戻ろうとしたら、突然保健室のドアが開き、転校生が顔を出したのでびっくりした。
「な、何?」
「……ドジなんかじゃないですっ!」
それだけ言って、転校生はドアを勢いよく閉めた。
(んな顔を真っ赤にして言うことじゃないだろうに。……でもまあ、言ってほしくないみたいだし、俺だけの秘密にしておこう)
そう思いながら、俺はチャイムが鳴っているというのにゆっくり教室へ向かうのだった。そして当然教師に叱られるのだった。
「それはいいなあ。可愛い子だといいなあ。なんなら俺に一目惚れしてあんなことやこんなことを……うっ、うっうっうっ……」
「いきなり泣くな!」
「や、ありえない想像が翼を羽ばたかせたはいいが、現実との差異に思わず涙してしまっただけなんだ」
「今日もアレだな」
失礼な、と思っていたら本鈴が鳴った。席に着くと、ほどなく担任が現れた。その隣に、小さな少女が。あの子が転校生か?
「えー、転校生を紹介する。キミ、自己紹介して」
担任が隣の少女を促すと、彼女はかすかに頷いて教卓の前に立った。
「……横溝リネアです」
それだけ言って、少女はむすっとした顔を教室の生徒たちに向けた。
「え、えっと、それだけかな?」
「そうです」
隣で担任がうろたえているが、こちらとしてはそれどころではない。なんなのだ、目の前のアレは。まるでフランス人形のようではないか。
ハーフなのだろうか、肌がアジア系のそれと違い、白磁と言うにふさわしい白さを誇っている。瞳は深い青。そして、腰まである長い金色の髪が陽光を受け、きらきらと輝いていた。彼女が着ているだけで、ただの制服がまるでモデルが着るような瀟洒な服と錯覚を覚えそうだ。
そして何より目を引くのは、その圧倒的なボリュームを誇る胸。なんだアレ。内側から限界まで押し上げられ、今にも服が悲鳴をあげそうだ。
(……いやはや。人ってすげえ。ここまですごいと、なんかもう同じ空間で息をするのも申し訳なく感じる。いっそ息でも止めようか。せーの)
「そ、そうか。じゃあ、席に着いてくれ。ええと……あそこの席だ」
担任が指した席は、ちょうどクラスの中央だった。ちぇ、漫画とかだと俺の隣になるのに。まあ漫画でも俺が主人公とかないか。
などと息を止めつつ転校生が席に着くのを、窓側最後尾の自分の席から見守る。
(ああそれにしてもさっきから死にそうだ。いや、死ぬかも。息を自分で止めて窒息死。あんまりな最後だなあ)
「先生、別府くんがさっきから顔色が青いです」
しまった、隣の奴にばれた! 慌てて呼吸する。
「ぶはっ。……い、いや、違うんです! 一人チキンレースをしていただけで、重大な疾患があるとかじゃなくて! 空気感染とかしないから! 本当に!」
周囲の級友が机ごと俺から離れだした。
「保健室行ってこい」
教室から追い出された。鍵までかけられた。……しょうがない、行くか。
保健室で養護教諭とアニメの話に数時間花を咲かせていると、チャイムが鳴った。腹時計から換算するに、もうすぐ昼か。
「おお、もうこんな時間か。サボるのはこのくらいにして、いい加減戻れ別府」
「強制排除されただけで、決してサボったのではないのですよ?」
「いーから行け。そして戻ってくるな」
「どこからも邪魔者扱いだ」
「はっはっは」
「笑ってるし……ええい、腹立たしい。悔し紛れに乳揉んでやろうか」
「教師相手に堂々とセクハラトークをかますなッ!」
顔を赤くして胸を隠す養護教諭に見送られ、保健室を後にする。教室に戻ろうと廊下をふらふら歩いてると、友人に会った。
「よ、サボり魔」
「初めまして」
「友人だろっ!?」
「……?」
「『何言ってんだコイツ』みたいな顔すんなッ! ……ったく、そんな奴にゃ何も教えてやんねーぞ?」
「それは困る! 頼む、教えてくれ! 金ならいくらでも払う!」
「……何のことだか分かって言ってるのか?」
「んんん」
ぷるぷると首を振ると、友人は疲れたように眉間に指を押し当てた。
「はぁ……。あの転校生だ。お前も興味あんだろ?」
「あー。すっげー綺麗だよね。抱っこしたいよね。ちゅーとかしたい。あと、おっぱい揉みたい!」
「…………」
俺が思った事を言うと、大抵会話の相手や近くの通行人から物凄く冷たい視線を受けまくります。悲しいです。
「……あー、まあいいや。結論から言うと、やめとけ」
「はい?」
「アイツ……ええと、横溝リネアな。強敵だぞ」
「教卓に脱糞でもしたのか?」
「しねえよッ!」
「よかった。転校初日にそんなアグレッシブなことする奴の対処法なんて知らないからな」
「はぁ……。あのな、みんな最初は物珍しいから横溝に群がってたんだが、誰が何言っても無視して、結局最後まで一言も喋らねえの。そんな調子だから、休み時間ごとに転校生を囲む人の数も徐々に減っていって、今じゃ誰もいねーぞ」
「緊張してたんじゃないか? もしくは、教室の隅で誰か用をたしてたのが気になったんじゃないか?」
「それはもういいっ! ……まあいいや。とにかく、忠告はしたからな。落とすなら頑張れよー」
やる気なさ気に手をひらひら振って、友人は便所へ向かった。
「そんなつもりはないんだが……」
まあいいか、と思いながら教室に入り、自分の席に戻る。そこから転校生の方をちらりと見る。
さっきの話通り、転校生の周囲に人影はなかった。当の本人もつまらなさそうな顔で小説っぽいのを読んでいる。
(うーむ。後ろから見ても可愛いにゃー。抱っこしたいにゃー。しようか。でもしたら捕まるしなあ。法律が憎いなあ)
などとぼんやり考えてたら、件の者がこちらを見ていることに気づいた。
「え、えと……こんにちは?」
突然のことにどうしたらいいのか分からず、ニヤニヤ笑いながら手を振ったが、すぐにぷいっとされてしまった。
(がむでぶ! 方法を誤った! 慣れない笑顔で気持ち悪さが炸裂したに違いない! ああそれにしても可愛いなあ。抱っこしたいなあ。もし来世がイケメンだったら恋仲になれるのかなあ)
(……ああ、いやいや。そんな益体もないことを考えても仕方がない。よし、友人に背中を押されたし、ここはひとつ話しかけてみるか! ……いや、引き止められたんだっけ? まあどっちでもいいや)
(さあ、頑張ろう俺! 声をかけるのだ! なんて? ……いい天気だね? ……これだッ! ここから→そうですね→でも君の方が素敵だよ→抱いて、となるはず!)
「えええっ!?」
突然転校生が奇声をあげたので、クラス中の視線がそこに集まった。
「え、あ、えと……な、なんでもない、です」
ぺこりと周囲に頭を下げ、転校生は小さくなって再び本を読み出した。
(なんだろう。小説に何か変なことでも書いてあったのだろうか。……お? よし、これを話の種に、お近づきに!)
そう思いながらこっそり近づこうとしたら、小説を机の中に入れられてしまった。
(……読破? なんたるチア! 早々に話すことがなくなった! こうなったらやはり天気コンボを繋げ、抱いてオチにもっていくしか!)
どっきんどきどきしながら転校生の近くまで歩み寄り、精一杯で声をかける。
「や、やあ!」
開口一番、声が裏返った。
(よし。終わった。声と一緒に全身の皮が裏返って死ねばいいのに、俺)
「…………」
さっき友人が言っていたように、何のリアクションもない。机の上で組んだ自分の手をぼーっと見ている。
(聞こえているはずだが……はっ! まさか、耳に障害があり、聞こえていないのでは? もしそうなら、窓ガラスを粉砕するほどの音量をもってこんにちはを行えば、返事もありうるのでは!? いくぜ、必殺こんにちはッ!)
「……何か用ですか」
すぅーっと息を吸い込んでいると、転校生が視線だけをこちらに向け、面倒くさそうに口を開いてくれた。
「あ、あー。聞こえてたのか。や、耳が悪いのかと」
「別に悪くないです」
「そ、そっか」
「ええ」
(…………。いや、そこで話を終えたらダメだろ、俺! 頑張るンだ! 必殺の天気コンボを発動させるのだ!)
「え、ええと。今日はいい天気だね?」
「くもってます」
視線を窓に向ける。超くもり。さよなら天気コンボ。
「……用件はそれだけですか?」
(はい。いやそうじゃねえ。用件っていうかちょっとお話したかっただけなのだけなので終わりなのだが、もっと話してえんだ! ……それにしても間近で見るこの迫力はなんなのだ。顔も髪も胸も、ていうかそういうパーツの話ではない。全てが物凄く綺麗で、近くにいるだけでドキドキするんじゃあないか! ああもう超抱っこしてえ! むぎゅーって!)
「と、特に用事がないなら一人にしてください」
なんて、頬をほんのり赤くしながら転校生は言った。
(なんだ? 突然顔を赤くして。……風邪? 身体が弱いのか? )
「あの。保健室の場所、分かる?」
「え、あ、いえ……」
「そか。んじゃ、案内するよ」
「え、あ、あの……」
(調子を崩したりしたら、そりゃ誰だって不機嫌っぽく見えちゃうよ。それにしても転校初日が体調不良なんて、転校生もついてない)
などと思いながら転校生の手を引き、保健室へ連れて行く。転校生は少し困ったような顔をしながらも、素直に着いて来てくれた。
「…………」
「…………」
保健室への道中、当然というかなんというか、全く会話がない。
(そりゃ調子崩してちゃ会話どころじゃねーわな。それにしてもクラスの奴もアレだな、病人を囲むなんてどうかと思うな。……まー、これだけ綺麗だと仲良くなりたくなる気持ちも分かるけど)
そう思いながら、転校生を見る。まるでエルフがそこにいるかのようなファンタジーな空間が転校生を中心に広がっている。そこだけぽっかりと現実感を喪失しているような気分だった。
(しっかし、病人相手になんだが、やっぱ美人だなー。周りの奴みんな転校生見てるもん。保健室連れて行ってるだけなんだけど、無駄な優越感を感じちまうなー。あー、こんな美人な彼女がいたらなー。毎日幸せだろうなー)
ふと見ると、転校生の顔が先ほどより赤くなっているではないか。急がないと。
「……あ、あの」
急ぎ足で保健室に向かっていると、転校生から初めて声をかけられた。
「え、あ、うん。何?」
「その、いつまで握ってるんですか?」
「いつまで?」
「…………」
転校生が無言で視線を下に向ける。それにつられるようにくりんと視線を下に向けると、あらあら、おてて繋いでますよ。
「のああっ!? ごっ、ごめっ、わざとじゃないんだ!?」
あまりの事態に、慌てて手を離す。
(全く! 何で俺は普通に手を繋いだりなんかしちゃうかねえ!? こんなナチュラルにセクハラをしていたとは、なんて酷い俺なんだ! ええいそれにしても柔らかかった! 超名残惜しい! 悪魔に魂を売ってでも、もう一度手を握りたい!)
「…………」
転校生は何も言わずにうつむいてしまった。熱が酷くなっているのか、さっきより顔が赤い。
(……ああもう。とっとと保健室に連れて行って、先生に診てもらおう。それで俺の仕事は完了だ。保健室に行けば転校生も元気になるだろう。さっきのでわざと手を握る気持ち悪い奴と思われただろうが、まあいい。早く行こう)
「えーと。すぐそこなんで、その、もうちょっと我慢してくれ」
「…………」
転校生は何も答えなかったが、俺のすぐ後ろからついてくる気配はあったので、そのままにしておいた。そこからしばらく歩くと、保健室に着いた。
「ほい、ここがそう。じゃ、そゆことで」
とっとと戻ろうと元来た道を行こうとしたら、腰に違和感。見ると、転校生が俺の腰部分をぎゅっと握っていた。
「あ、あの、一応礼儀として言っておきます。……その、ありがとうございます」
「え、あ。はぁ」
「そ、それと。……別に、気持ち悪いなんて思ってませんから」
「へ?」
「……そ、それじゃ!」
転校生は顔を真っ赤にして保健室に駆け込んでいった。
(気持ち悪い? ……口に出したっけ?)
そう思った瞬間、保健室の中からがっしゃーんと何かを引っくり返す音が響いた。何事かと室内に入ると、びっくりした顔の養護教諭と、床に散乱している医療器具や薬と、その中心に寝そべっている転校生が視界に入った。
「……あー、転んだ?」
転校生は泣きそうになりながら、こっくりうなずいた。
(ドジっ子属性すら……。ええい、何もかもが可愛いなクソ)
転校生に手を貸し、立ち上がらせる。デコでも打ったのか、顔中真っ赤にしていた。
「す、すいません、ありがとうございます」
「いや、なんつーか……先生。ええと、こいつに風邪薬と、あとドジに効く薬を」
「後者はないなぁ」
俺たちの様子をうかがっていた先生は、にやにやしながら言った。
「ど、ドジじゃないです! ちょっと転んだだけです! 普段はこんなんじゃないんです!」
転校生は必死になって俺に訴えた。
「と言われても、普段を知らないからなあ」
「……貴方のせいで転んだのに」(ぼそり)
「ん?」
転校生が呟いた言葉は、俺の耳までは届かなかった。
「なんでもないです! も、もーいいから出てってください!」
「おお、おおお?」
転校生に背中を押され、保健室から追い出されてしまった。
(なんてことだ。でもまあ思ったより元気そうだし、何より貴重な光景を見れたし、いいか。いや、しかしあんな綺麗なのに、実は転校生がドジっ子だったとは。本当にいるのな、現実に)
などと思いながら教室に戻ろうとしたら、突然保健室のドアが開き、転校生が顔を出したのでびっくりした。
「な、何?」
「……ドジなんかじゃないですっ!」
それだけ言って、転校生はドアを勢いよく閉めた。
(んな顔を真っ赤にして言うことじゃないだろうに。……でもまあ、言ってほしくないみたいだし、俺だけの秘密にしておこう)
そう思いながら、俺はチャイムが鳴っているというのにゆっくり教室へ向かうのだった。そして当然教師に叱られるのだった。
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