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2024年11月23日
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【両手の使えない男に弁当をあーんで食べさせてあげるツンデレ】
2010年02月24日
さる事故で両手を怪我してしまい、色々と不便な毎日です。
「だから猿事故ではないと言っているだろう、このボクっ娘が!」
「まったくの意味不明だよっ!? なんでボク怒られてるんだよ! ていうかボクっ娘言うなっ!」
なんとなくボクっ娘を怒鳴ったら逆に怒られた。
「まったく……あんまりボクを怒らせない方がいいよ? ほら、タカシ今ノート取れないでしょ。どーせあとでノート貸してもらうつもりなんだろ? ボクを怒らせたら、貸してあげないんだからね」
「ボクっ娘のノートは落書きまみれだから、借りてもなぁ……」
「落書きなんてしてないよっ!」
「あれ、そだっけ? 前に教科書借りた時、全ての人物画に髭が書き加えられていたような気がしたが……」
「それタカシが書いたんだよ! 人の教科書に落書きするなんてサイテーだよ!」
「今は申し訳ない気持ちで一杯かも」
「“かも”って言った! 絶対申し訳ないなんて思ってないよこの人!?」
「お腹が空いたとは思ってる」
「そんなの知んないよっ! ……とにかくさ、今はボクのほうが立場は上なんだから、タカシは奴隷みたいな気分でいた方がいいよ」
「よし分かった。どこを舐めればいい?」
「なんの奴隷だよっ! どこも舐めなくていいっ! 靴を脱がすなっ!」
口で必死に脱がそうとしたら、べけんべけん蹴られた。
「足でも舐めようかと思ったのに……俺の奴隷根性は伝わらなかったようだ」
「どーせタカシのことだから、ボクの足舐めたいだけなんだろっ!」
「足だけでなく、全身あますところなく舐めたいです」
「そっ、そんなこと思うな、ばかばか、変態っ!」
正直に言ったのに叱られた。
「そんな話はどうでもいい。今は昼休みなので、飯を食いたいが生憎手がコレなので食えないのです」
包帯でグルグル巻きの両手をバルタン星人のようにあげると、梓はため息をついた。
「で、ボクにどうしろって言うんだよ。……まさか、食べさせてくれなんて言うんじゃないだろうね?」
「食べさせて」
「嫌だよっ! なんでボクが食べささなきゃいけないんだよ! そ、そんなの、恋人みたいじゃんか!」
「しかし、食わせてもらわなければ、俺にはどうしようもない」
「う、う~……」
梓は悩んでいるようだ。よし、もう一押し!
「今なら口移しで食べさせてもいいから」
「余計嫌だよっ! なんでボクがサービスしなきゃいけないんだよっ!」
俺の案はお気に召さなかったようだ。
「もー、分かったよ。これ以上長引かせたらまた変な事言うだろうし、食べさせてあげるよ」
「ありがとな、梓。梓はいい奴だな。いい奴は早死にするって言うよな。梓は早く死ぬのか。俺、梓の分まで生きるよ」
「なんでそんな結論に落ち着くんだよ! なんで普通に“ありがとう”とだけ言えないかな……」
梓はぶちぶち言いながら俺の鞄から弁当箱を取り出し、フタを開けた。
「ほら、口開けて」
「なんだか恋人同士みたいで照れるな」
「気にしないようにしてるんだからイチイチ言うなっ! ほら、あーん!」
梓は真っ赤な顔をしたまま箸でおかずを掴み、俺の口に入れた。
「むぐむぐ」
「……どう? おいしい?」
「おいしい」
のはいいが、周囲から殺気に満ちた視線が俺に突き刺さっているような。それ以上に、昼休みの喧騒の間を縫って「別府殺す」とか「無事に帰れると思えるなよ」という剣呑な声が聞こえてしまい怖すぎる。何気に人気あるんだな、梓って。
「こうやって見てる分には、何も考えてないアホの子みたいなのになあ」
「侮辱された!?」
知らない間に心の声が通常の声にシフトしていた。
「あー、ごめんごめん。酷いことは心に留めておくから、食べさせて」
「留めんなっ! なんだよ、こーんな甲斐甲斐しくタカシを手伝ってあげてるボクに不満でもあるのかよ!」
「……ないな。そこそこ可愛いし、何気に優しいし、貧乳だし」
「な、なんで貧乳を褒め言葉として使ってるんだよ! タカシってば根っからの変態だね、ホント」
俺を軽く叩きながら、梓は嬉しそうに笑っていた。
「いーから次」
「わ、分かったよ。はい、あーん」
「あー」
次のおかずが投入される。
「もしゃもしゃ」
「おいしい?」
「おいしい」
「あはっ、タカシそればっか」
「おまいが毎回おいしいかどうか聞くからだ」
「だ、だって、タカシって基本的に無表情だから、おいしいかどうか分かんないもん……」
少し困ったような顔をして、梓は口を尖らせた。
「梓が手ずから食べさせてくれたら、まずいものでも美味しくなるに決まってるだろ」
「う……た、タカシはそういうこと、さらっと言うよね。勘違いする子もいるかもしんないから、あんまり言わない方がいいよ?」
「勘違い? 何の?」
「……な、なんでもないっ! ほら、あーん」
誤魔化すように梓は次のおかずを俺の口に入れた。
「まぐまぐ」
「どう? おいしい?」
「まずい」
「舌の根も乾かないうちからまずいって言ったよこの人!?」
「大根葉の炒め物は苦いからあんまり好きじゃないんだ」
なんでこんな渋いもの作るかなあ、母さん。
「ボクが食べさせたら何でもおいしくなるんじゃないのかよっ!」
「梓が口移しで食べさせてくれたら、まずいものでも美味しくなるやも」
「するわけないだろっ! そんなの恋人同士でもやんないよっ!」
「じゃあ口の中のご飯を移さなくていいから、口と口だけ合わそう。特別に舌を絡ませる事を許可する」
「それただのキスじゃん! まったく意味ないよ!」
「やれやれ、梓はわがままだなあ……これだからボクっ娘呼ばわりされるんだぞ?」
「いやいやいや! ちっともわがままじゃないし、ボクのことボクっ娘なんて呼んでるのタカシだけなんだからね!」
「じゃあ次からは先生のこともボクっ娘と呼ぶ」
「そういうことじゃないっ! そもそも先生は自分のことボクって言わない!」
「はい? 呼びましたか?」
近くで女生徒たちと飯を食ってた大谷先生がひょっこり顔を出した。
「呼んでませんっ!」
「ひぃぃっ、梓ちゃんが怒りました、先生なのに怒られました! 先生、先生としての威厳ぜろですか!?」
「よしよし。梓、子供を怒鳴るな」
「子供じゃありません! 大人ですっ! ちょっと小さいだけです! 大人の許容範囲内ですっ!」
ここの生徒たちより小さい大谷先生が怒った。
「いーから先生は黙っててください!」
「はうっ! ……わ、分かりました。先生は戻ります。べ、別に梓ちゃんが怖いから戻るんじゃないですからねっ!」
半泣きで先生は戻っていった。戻った先で生徒達に慰められているのが見えた。本当に先生か、あの人。
「あんな小さな子をいじめて、大人気ないとは思わないかね」
「う、うるさいなあ……後で謝っておくよ」
自分でも悪いと思ったのか、梓はちょっとバツが悪そうにぼそぼそ言った。
「ま、いいや。次の飯をくれ」
「あ、うん。はい、あーん」
大きく口を開けていると、女生徒が梓に声をかけた。二言三言言葉を交わすと、梓は何かに気づいたように大きな声をあげた。
「あっ! ……ごめんタカシ、ボク用事があったんだ。すぐ終わるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「おっけー」
ごめんねと言い残し、梓は女生徒と一緒に教室を出ていった。
……さて暇だ。手は使えないから飯は食えないし、どうしようかなと思ってたら、近くで飯を食ってた女生徒の集団がやってきた。
「あの、別府くん……」
「一発芸、バルタン星人のマネ。ふぉっふぉっふぉ」
苦笑された。俺の芸もまだまだのようだ。
「そうじゃなくて、あの、私たちが食べさせてもいい?」
「……どゆこと?」
話を聞くと、さっきから梓が俺に飯を食べさせているのを見て、自分たちもやりたくなったらしい。
「女の子ってのは、誰かに飯を食べさせたがる願望があるんだな」
「そ、そういうわけじゃなくて……」
いまいち要領を得ないが、俺としては飯を食えるのなら問題なし。
「じゃ、別府くん、口開けて。はい、あーん」
「あー」
ポニーテールの女子が俺にご飯を食べさせる。
「おいしい?」
「むぐむぐ、おいしい」
「あはっ、よかった」
嬉しそうにはにかむポニーの子。
「つぎ私私! はい別府くん、あーん!」
「あー」
続いてショートカットの元気っ子が俺の口に飯を。
「どう? どう? おいしい? おいしいっしょ?」
「むぐむぐ、おいしい」
「にひー☆ 私が食べさせたんだから当然っしょ!」
そう言って、お日さまのような笑顔をみせる元気っ子。
「……あ、あの、次は私です。……あ、あの、あーん、してください」
「あー」
後ろに控えていた大人しそうな子が、恥ずかしそうに頬を染めて俺の口に飯を投入する。
「……ど、どうですか?」
「むぐむぐ、おいしい」
俺の言葉に、ほっとしたように胸を撫で下ろす大人しそうっ子。
「次は私ですよー」
「……なんで先生までいるんですか」
当然のように俺の前にいる大谷先生に問いかける。
「べ、別に先生もやりたいんじゃないですよ? 何事も経験だと思うんです! やってもいいですよね? ね?」
「口移しなら」
「思わぬところでファーストキスをする羽目になりましたよ!? こ、困りました! 先生の魅惑のぼでーが生徒を骨抜きにしてしまったようです!」
「色々思ったけど、先生、まだファーストキスしてなかったんですか」
「はううっ! ど、どうして先生の最重要機密を知ってるんですか!?」
「ダメだ、こいつ馬鹿だ」
「せっ、先生を馬鹿にするなんてダメな生徒です! 罰としてあーんしなさい! あーん!」
罰じゃないと思うが、口答えしても色々面倒なので口を開ける。先生はおかずを掴み、俺に食べさせた。
「どうです? おいしいですか?」
「もぐもぐ、おいしい」
「うふふ……なんだかいいですね、これ。先生、気に入りました。別府くん、先生のペットになりませんか?」
「教師が生徒を肉奴隷にしようとする」
「ちっ、違います違います! 肉奴隷じゃありません! ……肉奴隷ってなんですか?」
「この場合は、先生が俺の肉体を好きな時に使える事を指します」
「へー、お買い物の時とか便利ですね。先生、高い所にある物を取るの苦手なんですよ」
先生はちょっと勘違いしているようだ。面白いので訂正しない。
……のはいいが、さっきから「完全犯罪って、どうやんのかな」とか「俺にも主人公補正がかかっていれば……」とか聞こえてきて嫌になる。あと、後者の意味が分からない。
「別府くん? どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない」
意識を前に戻す。まあいいや、今はこの状況を楽しもう。とか思ってたら。
「あーッ!!!」
超やかましい声が教室に響いた。
「待ってろって言っただろ! なんで他の子まで巻き込んでんだよ!」
戻ってきた梓がずかずかやってきて俺を怒る。超怖い。
「や、その、違くて、この子らが自分から言ってきまして、その」
「タカシみたいなダメな奴に、そんなのしたがる女の子がいるわけないだろっ!」
断言された。超泣きそう。
「あ、あの、お邪魔みたいだから先生たち戻りますね」
先生たちはそそくさと元の席に戻ってしまった。せめて言い訳のひとつでも言ってから戻って欲しかった。
「さて、この機嫌が悪くなった生物をどうしたものか……」
「生物って言うなっ! 誰のせいで機嫌悪くなってると思ってるんだよっ! 待ってろって言っただろ! デレーってしてさ……馬鹿みたい!」
「や、確かに待ってろとは言われたけど、おまいは俺に食べさせるの嫌だったんだろ? 食べさす手間が省けたんだから、喜びこそすれ怒る必要ないんじゃないか?」
「う、そ、それは……」
「それに、デレーっとするのは男である以上仕方がない。可愛い子にあーんされるのは嬉しいからな」
「……なんだよ、ボク以外にされても嬉しいのかよ」(ぼそり)
「ん? すまない、よく聞こえなかったので大きな声でもう一度さんはい」
「なっ、なんでもないっ!」
「……ま、いいや。とにかく、ご飯の続きをください」
「やんないよっ! さっきの子たちに食べさせてもらったらいいだろっ!」
困ったことに、梓はこれ以上俺にあーんをしたくないらしい。どうしようと思ってたら、先生が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの、先生がやりましょうか?」
「え、いいの?」
「そ、その、梓ちゃんさえよければ」
先生は様子を窺うように梓を見た。
「……別に。タカシは女の子だったら誰でもいいみたいだし」
随分とトゲのある言いようだったが、事実なので言い返せない。
「じゃ、じゃあ……はい、あーんしてください」
「あー」
ぱく、もぐもぐ。
「どうですか?」
「おいしい」
「あはっ、そうです……ぴゃあ!」
先生がふと視線を梓に向けた瞬間、奇声をあげた。
「どした、先生?」
「あ、梓ちゃんがすっごく怖い顔で先生を睨みます! 怖いです! ちょっと先生泣きそうです!」
梓を見るが、別に普通の顔だ。
「普通だぞ。偶然梓の前に怒った幽霊が通っただけだろ」
「そっちの方が怖いです! ていうか幽霊なんていません! 気のせいです! 別に怖いからいないと思い込んでるわけじゃないです!」
イチイチ愉快な先生だった。
「とにかく、次のご飯をくれ」
「わ、分かりました。あーんしてく……ぴゃあっ!?」
先生がまた奇声をあげた。
「は、はうう……ごめんなさい別府くん。さる事情により、先生はもう無理ですぅ……」
先生は半泣きで箸を置き、ふらふらした足取りで戻っていった。戻った先でまたしても女生徒たちに慰められていた。
「……なんかしたか?」
「な、なんの話カナ?」
梓はそしらぬ顔で吹けもしない口笛を吹いた。
「はぁ……。ま、いい……いやいや、よくない! 俺、飯食えないじゃん!」
「半分食べたんだから、もういいじゃん」
俺の弁当箱にはすでに半分空きができていた。だが、全部食べないことには満足いかない。
「頼む、梓。食べさせてくれ」
「つーん。嫌だよ」
「ぬぅ……しょうがない、奥の手だ」
「え、どうするの?」
不思議そうな梓の前で、上体を机に這わせるように近づける。そして。
「……犬食いじゃん! 汚いなあ!」
「むぐむぐ……これしか食う方法がない」
「もー、そんなのすんなよ! ……しょ、しょうがないからボクが食べさせてやるよ!」
「いいのか? なんか怒ってたのに」
「そんな汚い事されるよりマシだよ! ほら、あーん」
「あー」
ぱく、もぐもぐ。
「どう?」
「おいしい」
「……タカシって、平和な顔してるよね。なんか、怒ってるのが馬鹿らしくなってくるよ」
「そりゃなによりだ」
「……そもそも、タカシが他の子にちょっかい出さなきゃ済む話だったんだよな」
梓は箸で俺の頬をぷにぷにした。向こうから来たんだけど、言ったところで信じないしなあ、このボクっ娘は。
「聞いてるのかよ? まったく、このダメ男め」
ま、楽しそうに笑ってるし、いっか。
「だから猿事故ではないと言っているだろう、このボクっ娘が!」
「まったくの意味不明だよっ!? なんでボク怒られてるんだよ! ていうかボクっ娘言うなっ!」
なんとなくボクっ娘を怒鳴ったら逆に怒られた。
「まったく……あんまりボクを怒らせない方がいいよ? ほら、タカシ今ノート取れないでしょ。どーせあとでノート貸してもらうつもりなんだろ? ボクを怒らせたら、貸してあげないんだからね」
「ボクっ娘のノートは落書きまみれだから、借りてもなぁ……」
「落書きなんてしてないよっ!」
「あれ、そだっけ? 前に教科書借りた時、全ての人物画に髭が書き加えられていたような気がしたが……」
「それタカシが書いたんだよ! 人の教科書に落書きするなんてサイテーだよ!」
「今は申し訳ない気持ちで一杯かも」
「“かも”って言った! 絶対申し訳ないなんて思ってないよこの人!?」
「お腹が空いたとは思ってる」
「そんなの知んないよっ! ……とにかくさ、今はボクのほうが立場は上なんだから、タカシは奴隷みたいな気分でいた方がいいよ」
「よし分かった。どこを舐めればいい?」
「なんの奴隷だよっ! どこも舐めなくていいっ! 靴を脱がすなっ!」
口で必死に脱がそうとしたら、べけんべけん蹴られた。
「足でも舐めようかと思ったのに……俺の奴隷根性は伝わらなかったようだ」
「どーせタカシのことだから、ボクの足舐めたいだけなんだろっ!」
「足だけでなく、全身あますところなく舐めたいです」
「そっ、そんなこと思うな、ばかばか、変態っ!」
正直に言ったのに叱られた。
「そんな話はどうでもいい。今は昼休みなので、飯を食いたいが生憎手がコレなので食えないのです」
包帯でグルグル巻きの両手をバルタン星人のようにあげると、梓はため息をついた。
「で、ボクにどうしろって言うんだよ。……まさか、食べさせてくれなんて言うんじゃないだろうね?」
「食べさせて」
「嫌だよっ! なんでボクが食べささなきゃいけないんだよ! そ、そんなの、恋人みたいじゃんか!」
「しかし、食わせてもらわなければ、俺にはどうしようもない」
「う、う~……」
梓は悩んでいるようだ。よし、もう一押し!
「今なら口移しで食べさせてもいいから」
「余計嫌だよっ! なんでボクがサービスしなきゃいけないんだよっ!」
俺の案はお気に召さなかったようだ。
「もー、分かったよ。これ以上長引かせたらまた変な事言うだろうし、食べさせてあげるよ」
「ありがとな、梓。梓はいい奴だな。いい奴は早死にするって言うよな。梓は早く死ぬのか。俺、梓の分まで生きるよ」
「なんでそんな結論に落ち着くんだよ! なんで普通に“ありがとう”とだけ言えないかな……」
梓はぶちぶち言いながら俺の鞄から弁当箱を取り出し、フタを開けた。
「ほら、口開けて」
「なんだか恋人同士みたいで照れるな」
「気にしないようにしてるんだからイチイチ言うなっ! ほら、あーん!」
梓は真っ赤な顔をしたまま箸でおかずを掴み、俺の口に入れた。
「むぐむぐ」
「……どう? おいしい?」
「おいしい」
のはいいが、周囲から殺気に満ちた視線が俺に突き刺さっているような。それ以上に、昼休みの喧騒の間を縫って「別府殺す」とか「無事に帰れると思えるなよ」という剣呑な声が聞こえてしまい怖すぎる。何気に人気あるんだな、梓って。
「こうやって見てる分には、何も考えてないアホの子みたいなのになあ」
「侮辱された!?」
知らない間に心の声が通常の声にシフトしていた。
「あー、ごめんごめん。酷いことは心に留めておくから、食べさせて」
「留めんなっ! なんだよ、こーんな甲斐甲斐しくタカシを手伝ってあげてるボクに不満でもあるのかよ!」
「……ないな。そこそこ可愛いし、何気に優しいし、貧乳だし」
「な、なんで貧乳を褒め言葉として使ってるんだよ! タカシってば根っからの変態だね、ホント」
俺を軽く叩きながら、梓は嬉しそうに笑っていた。
「いーから次」
「わ、分かったよ。はい、あーん」
「あー」
次のおかずが投入される。
「もしゃもしゃ」
「おいしい?」
「おいしい」
「あはっ、タカシそればっか」
「おまいが毎回おいしいかどうか聞くからだ」
「だ、だって、タカシって基本的に無表情だから、おいしいかどうか分かんないもん……」
少し困ったような顔をして、梓は口を尖らせた。
「梓が手ずから食べさせてくれたら、まずいものでも美味しくなるに決まってるだろ」
「う……た、タカシはそういうこと、さらっと言うよね。勘違いする子もいるかもしんないから、あんまり言わない方がいいよ?」
「勘違い? 何の?」
「……な、なんでもないっ! ほら、あーん」
誤魔化すように梓は次のおかずを俺の口に入れた。
「まぐまぐ」
「どう? おいしい?」
「まずい」
「舌の根も乾かないうちからまずいって言ったよこの人!?」
「大根葉の炒め物は苦いからあんまり好きじゃないんだ」
なんでこんな渋いもの作るかなあ、母さん。
「ボクが食べさせたら何でもおいしくなるんじゃないのかよっ!」
「梓が口移しで食べさせてくれたら、まずいものでも美味しくなるやも」
「するわけないだろっ! そんなの恋人同士でもやんないよっ!」
「じゃあ口の中のご飯を移さなくていいから、口と口だけ合わそう。特別に舌を絡ませる事を許可する」
「それただのキスじゃん! まったく意味ないよ!」
「やれやれ、梓はわがままだなあ……これだからボクっ娘呼ばわりされるんだぞ?」
「いやいやいや! ちっともわがままじゃないし、ボクのことボクっ娘なんて呼んでるのタカシだけなんだからね!」
「じゃあ次からは先生のこともボクっ娘と呼ぶ」
「そういうことじゃないっ! そもそも先生は自分のことボクって言わない!」
「はい? 呼びましたか?」
近くで女生徒たちと飯を食ってた大谷先生がひょっこり顔を出した。
「呼んでませんっ!」
「ひぃぃっ、梓ちゃんが怒りました、先生なのに怒られました! 先生、先生としての威厳ぜろですか!?」
「よしよし。梓、子供を怒鳴るな」
「子供じゃありません! 大人ですっ! ちょっと小さいだけです! 大人の許容範囲内ですっ!」
ここの生徒たちより小さい大谷先生が怒った。
「いーから先生は黙っててください!」
「はうっ! ……わ、分かりました。先生は戻ります。べ、別に梓ちゃんが怖いから戻るんじゃないですからねっ!」
半泣きで先生は戻っていった。戻った先で生徒達に慰められているのが見えた。本当に先生か、あの人。
「あんな小さな子をいじめて、大人気ないとは思わないかね」
「う、うるさいなあ……後で謝っておくよ」
自分でも悪いと思ったのか、梓はちょっとバツが悪そうにぼそぼそ言った。
「ま、いいや。次の飯をくれ」
「あ、うん。はい、あーん」
大きく口を開けていると、女生徒が梓に声をかけた。二言三言言葉を交わすと、梓は何かに気づいたように大きな声をあげた。
「あっ! ……ごめんタカシ、ボク用事があったんだ。すぐ終わるから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「おっけー」
ごめんねと言い残し、梓は女生徒と一緒に教室を出ていった。
……さて暇だ。手は使えないから飯は食えないし、どうしようかなと思ってたら、近くで飯を食ってた女生徒の集団がやってきた。
「あの、別府くん……」
「一発芸、バルタン星人のマネ。ふぉっふぉっふぉ」
苦笑された。俺の芸もまだまだのようだ。
「そうじゃなくて、あの、私たちが食べさせてもいい?」
「……どゆこと?」
話を聞くと、さっきから梓が俺に飯を食べさせているのを見て、自分たちもやりたくなったらしい。
「女の子ってのは、誰かに飯を食べさせたがる願望があるんだな」
「そ、そういうわけじゃなくて……」
いまいち要領を得ないが、俺としては飯を食えるのなら問題なし。
「じゃ、別府くん、口開けて。はい、あーん」
「あー」
ポニーテールの女子が俺にご飯を食べさせる。
「おいしい?」
「むぐむぐ、おいしい」
「あはっ、よかった」
嬉しそうにはにかむポニーの子。
「つぎ私私! はい別府くん、あーん!」
「あー」
続いてショートカットの元気っ子が俺の口に飯を。
「どう? どう? おいしい? おいしいっしょ?」
「むぐむぐ、おいしい」
「にひー☆ 私が食べさせたんだから当然っしょ!」
そう言って、お日さまのような笑顔をみせる元気っ子。
「……あ、あの、次は私です。……あ、あの、あーん、してください」
「あー」
後ろに控えていた大人しそうな子が、恥ずかしそうに頬を染めて俺の口に飯を投入する。
「……ど、どうですか?」
「むぐむぐ、おいしい」
俺の言葉に、ほっとしたように胸を撫で下ろす大人しそうっ子。
「次は私ですよー」
「……なんで先生までいるんですか」
当然のように俺の前にいる大谷先生に問いかける。
「べ、別に先生もやりたいんじゃないですよ? 何事も経験だと思うんです! やってもいいですよね? ね?」
「口移しなら」
「思わぬところでファーストキスをする羽目になりましたよ!? こ、困りました! 先生の魅惑のぼでーが生徒を骨抜きにしてしまったようです!」
「色々思ったけど、先生、まだファーストキスしてなかったんですか」
「はううっ! ど、どうして先生の最重要機密を知ってるんですか!?」
「ダメだ、こいつ馬鹿だ」
「せっ、先生を馬鹿にするなんてダメな生徒です! 罰としてあーんしなさい! あーん!」
罰じゃないと思うが、口答えしても色々面倒なので口を開ける。先生はおかずを掴み、俺に食べさせた。
「どうです? おいしいですか?」
「もぐもぐ、おいしい」
「うふふ……なんだかいいですね、これ。先生、気に入りました。別府くん、先生のペットになりませんか?」
「教師が生徒を肉奴隷にしようとする」
「ちっ、違います違います! 肉奴隷じゃありません! ……肉奴隷ってなんですか?」
「この場合は、先生が俺の肉体を好きな時に使える事を指します」
「へー、お買い物の時とか便利ですね。先生、高い所にある物を取るの苦手なんですよ」
先生はちょっと勘違いしているようだ。面白いので訂正しない。
……のはいいが、さっきから「完全犯罪って、どうやんのかな」とか「俺にも主人公補正がかかっていれば……」とか聞こえてきて嫌になる。あと、後者の意味が分からない。
「別府くん? どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない」
意識を前に戻す。まあいいや、今はこの状況を楽しもう。とか思ってたら。
「あーッ!!!」
超やかましい声が教室に響いた。
「待ってろって言っただろ! なんで他の子まで巻き込んでんだよ!」
戻ってきた梓がずかずかやってきて俺を怒る。超怖い。
「や、その、違くて、この子らが自分から言ってきまして、その」
「タカシみたいなダメな奴に、そんなのしたがる女の子がいるわけないだろっ!」
断言された。超泣きそう。
「あ、あの、お邪魔みたいだから先生たち戻りますね」
先生たちはそそくさと元の席に戻ってしまった。せめて言い訳のひとつでも言ってから戻って欲しかった。
「さて、この機嫌が悪くなった生物をどうしたものか……」
「生物って言うなっ! 誰のせいで機嫌悪くなってると思ってるんだよっ! 待ってろって言っただろ! デレーってしてさ……馬鹿みたい!」
「や、確かに待ってろとは言われたけど、おまいは俺に食べさせるの嫌だったんだろ? 食べさす手間が省けたんだから、喜びこそすれ怒る必要ないんじゃないか?」
「う、そ、それは……」
「それに、デレーっとするのは男である以上仕方がない。可愛い子にあーんされるのは嬉しいからな」
「……なんだよ、ボク以外にされても嬉しいのかよ」(ぼそり)
「ん? すまない、よく聞こえなかったので大きな声でもう一度さんはい」
「なっ、なんでもないっ!」
「……ま、いいや。とにかく、ご飯の続きをください」
「やんないよっ! さっきの子たちに食べさせてもらったらいいだろっ!」
困ったことに、梓はこれ以上俺にあーんをしたくないらしい。どうしようと思ってたら、先生が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの、先生がやりましょうか?」
「え、いいの?」
「そ、その、梓ちゃんさえよければ」
先生は様子を窺うように梓を見た。
「……別に。タカシは女の子だったら誰でもいいみたいだし」
随分とトゲのある言いようだったが、事実なので言い返せない。
「じゃ、じゃあ……はい、あーんしてください」
「あー」
ぱく、もぐもぐ。
「どうですか?」
「おいしい」
「あはっ、そうです……ぴゃあ!」
先生がふと視線を梓に向けた瞬間、奇声をあげた。
「どした、先生?」
「あ、梓ちゃんがすっごく怖い顔で先生を睨みます! 怖いです! ちょっと先生泣きそうです!」
梓を見るが、別に普通の顔だ。
「普通だぞ。偶然梓の前に怒った幽霊が通っただけだろ」
「そっちの方が怖いです! ていうか幽霊なんていません! 気のせいです! 別に怖いからいないと思い込んでるわけじゃないです!」
イチイチ愉快な先生だった。
「とにかく、次のご飯をくれ」
「わ、分かりました。あーんしてく……ぴゃあっ!?」
先生がまた奇声をあげた。
「は、はうう……ごめんなさい別府くん。さる事情により、先生はもう無理ですぅ……」
先生は半泣きで箸を置き、ふらふらした足取りで戻っていった。戻った先でまたしても女生徒たちに慰められていた。
「……なんかしたか?」
「な、なんの話カナ?」
梓はそしらぬ顔で吹けもしない口笛を吹いた。
「はぁ……。ま、いい……いやいや、よくない! 俺、飯食えないじゃん!」
「半分食べたんだから、もういいじゃん」
俺の弁当箱にはすでに半分空きができていた。だが、全部食べないことには満足いかない。
「頼む、梓。食べさせてくれ」
「つーん。嫌だよ」
「ぬぅ……しょうがない、奥の手だ」
「え、どうするの?」
不思議そうな梓の前で、上体を机に這わせるように近づける。そして。
「……犬食いじゃん! 汚いなあ!」
「むぐむぐ……これしか食う方法がない」
「もー、そんなのすんなよ! ……しょ、しょうがないからボクが食べさせてやるよ!」
「いいのか? なんか怒ってたのに」
「そんな汚い事されるよりマシだよ! ほら、あーん」
「あー」
ぱく、もぐもぐ。
「どう?」
「おいしい」
「……タカシって、平和な顔してるよね。なんか、怒ってるのが馬鹿らしくなってくるよ」
「そりゃなによりだ」
「……そもそも、タカシが他の子にちょっかい出さなきゃ済む話だったんだよな」
梓は箸で俺の頬をぷにぷにした。向こうから来たんだけど、言ったところで信じないしなあ、このボクっ娘は。
「聞いてるのかよ? まったく、このダメ男め」
ま、楽しそうに笑ってるし、いっか。
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